第10話 なんか、まずいことになった

 佐藤はこの日、ちょっとした用事があって帰り少し遅れることになった。


 他の二人は少し先に昇降口の出口前に集まっていた。


「ねぇねぇ、あなたってどういう人が好みなの?」

 

 天使はしっかり自分の任を果たそうと努めていた。


「……正直、あんまりそう言うの無い」

「へぇ~、許容範囲広いタイプなのね!」

「いや、単にあんまり興味ない」

「お、おう……」


 零華は思ったよりも厄介な人物だった。


 その他人に全く隙を見せない態度に、流石の天使もあっけに取られてしまう。だが、隙をさらさせるには自分の方が適任だと理解している天使は、手さぐりで確かめようとする。


「か、彼氏とか欲しいと思ったりするの?」

「いや……。てか、急になに?」

「え? いや、何っていうほどのことではなくて……」


 天使がもじもじと何かいい言葉が浮かんでこないかと考えていると、零華は何を勘違いしたか壁にもたれかかって言った。


「あーね。なるほどね? そういうこと」

「え?」

「そうか。天野さん片思いでしょ。確かに佐藤もそんなこと言ってたし。なるほど。つじつまが合った」

「何を言って……」


 零華ごく小さなため息を吐いて、もたれかかった壁を押して体勢を直すと、天使の肩にぽんと手を乗せた。


「あたしは恋愛とか碌にしたことないけど、まぁ、なんか協力できることあったら協力するから」

「ん?」

「いや、だから、天野さんってあの佐藤っていう人が好きなんでしょ?」


 んなわけ。と、半笑いで受け流そうとしたその時、タイミング悪く佐藤がやってきた。


「……何の話をしてたんだ?」

「あー、なんかちょっと勘違いが……」

「ま、そんなんいいでしょ別に。とりあえずおすすめの場所に行こ」

「あ、うん……」


 佐藤は一体何なんだと二人を見回した。


 零華さんは隠れ下世話な人間だったと、天使は確信した。


 その証拠に、いつもより表情が柔らかく嬉しそうに見えた。


「うぅ……」

「なんなんだ?」


 佐藤は歩きながら悩まし気に眉間に皺を寄せた天使に尋ねた。


「……あなたたち、ちょっとめんどいわ」

「おい。お前が始めた物語だろ」

「違うわよ!」


 二人で話していると、零華はフッと軽くあきれたように息を吐いた。


 そんな様子の零華に気付いた天使はすかさず佐藤から離れて愛想笑いを浮かべた。


「まじでめんどくさい……」


 すれ違いを起こしながらも、なんとか会話を続けながら、佐藤のお勧めポイントナンバーワンにたどり着いた。


「ここだ!」

「……ここは。カフェ?」

「いや、喫茶店らしい。なんか、親父におんなじこと言ったら怒られた」

「マジか」


 零華はそこまで衝撃を受けていないようなそぶりや顔をしているが、実はそうではない。存外にウキウキしている。


 そして天使は、どことなくほっとしたような表情を浮かべていた。


 三人の前の前には、オシャレな看板に「香雅店」と書かれた店があった。


 中では淡いろうそくの光などがゆらゆら揺らめいていて、冬の黄昏時の景色には十分すぎるほど溶け込んでいた。


 窓から漏れる光が、優しく三人を包み込んで引き寄せる。少し近づけば、そこにうっすらとコーヒーの匂いが加わる。


 視覚、嗅覚を支配されて、歩を進め、ドアを開けるとちりんちりんと小気味よいベルの音が鳴って、オシャレな音楽が聞こえてくる。


 お年寄りに、子連れの女性、若い男女。様々な客が、談笑を楽しんでいた。


「……す、すごくいい」


 零華はそこまで期待していなかったので、こうまで裏切ってくれると心躍った。


 天使は周囲を見渡しながら、佐藤に向けてこういった。


「中々いいチョイスじゃない。ちょっと昨日から、もしかしたらホテルに連れ込まれるのではと考えていたことを謝るわ」

「マスター! この人ストーカーなんで追い出してくむぐっ……!?」


 いらぬことを言おうとした佐藤の口を強引にふさぎ黙らせた。


「ん? おやおや。いつもは一人で来るのに、錦君もすみにおけませんね」


 落ち着いた様子でこちらに寄ってきた男の人は、この店のマスター。気品あるその振舞や、正しく紳士と呼ぶに値する行動、言動の数々から、店に来る女性は軒並み落ちていく。


 しかし、その交友関係はベールに包まれている。


「そう言うんじゃないですよ……。空いてる席ってありますか?」

「えぇ。こちらに……」


 と、空いている席を示しながら三人を先導した。


 連れられた先には、ふかふかの席が用意されていた。


「……すごいふっかふか……」

「ここは食べ物の値段は少しだけ高いけどその分ゆっくりと出来る環境が整えられているんだ」

「いわゆる、高利小買ってやつね?」

「まぁ、そんな感じ。どう?」


 錦はぐわんと首を零華の方へと向けて慎重に聞いた。


「え、あ、うん……。いい……」

「それはよかった」


 錦はそっと胸に手を当てて安堵のため息を吐いた。


 そして誰よりも先に天使が席に着き、寝ころんだ。


「おい。マナー守れ……っは!?」


 錦は気付いた。こうして天使が寝ころぶことで、零華と自分が隣の席になれるということを。


 しかし、零華は思った。自分げ変に言ってしまったせいで、天野が妙に避けているのではないかと……。


「……じゃあ、向かいの席に」

「いや、あれじゃん。それ、あれじゃん」

「なんだなんだ? いったい何なんだ?」

「いや……こ、ここはバイオなハザード地帯だから。ですよねマスター……」


 マスターは酷く混乱した様子でされど佇まいは依然として崩さずに応対した。

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