第8話 帰り道③

 俺と天使は、猫カフェなどという平和の象徴のような場所で浮かべるべきでない表情で睨み合っていた。


「ぷぴぷぷぷ! 誰があんたみたいなヘタレを好きになるのよウケるんですけど!!」

「俺をベッドに押し倒しておいてよくそんなこと言えるな? てか、お前の仕事を全否定したけどやる気あんのか?」


 周囲にいた猫たちは俺達の威圧感に気圧されて、ぞろぞろと零華さんの下へと群がっていく。 


「……まぁ、なんとなく分かったから、猫が怖がるからその顔やめてくれる?」

「あ、すいません……」

「……てかさ、ずっと思ってたんだけど、なんで敬語なん?」

「え……」


 予想外の言葉に、俺は口を開いたままになってしまった。


 なんで敬語か……。と、問われても、正直とくにこれと言って意味はない。


「……なんか、敬語じゃないといけない気がしたっていうか……」

「なんで?」

「……なんとなく、自分より凄い人って思ってしまってるから……かな?」

「……ふ~ん。別に同じ年だし、単なるクラスメートだし、敬語じゃなくていいよ。てか、こっちもなんか変な感じするし」


 零華さんはきまり悪そうに頬のあたりを掻きなでた。


「わ、わかりま……、わかった。今度から気を付ける」


 何気に今度からとか言ってしまっている……。


「私にはこれ以上ないほどの尊敬語で接しなさい!」

「あーはいはい。これ以上ないほどの罵詈雑言で接するわ。これからよろしく」

「この男……!!」

「……仲いいんね、二人は」


 仲、いいんだろうかこれは……。


 やがて外もだんだん暗くなってきて、俺達は猫カフェから退出した。


「いやぁ……! 美味! 超美味だった!!」

「なんの話をしてるの? なんか食べた?」

「あ、あぁ……。こっちの話だから気にしなくていいよ。……おい天野さんよ」

「はいはい?」


 俺は天使を呼んで、少しだけ離れた場所で耳打ちで話した。


「お前さ、分かってんだろうなぁ? 天使なんてバレたら一発アウトだろ。最悪国際問題とかになる可能性だってあるからな?」

「わ、分かってるわよ……。でも、誰かと共有したいものじゃない?」

「天使仲間とでもやっとけ!」

「なにをひそひそ話てんの?」


 突然零華さんが近くにやってきていたので、ビクッと体が揺れた。


「いや、なんでもないで……す」

「ふ~ん。で、明日はどうすんの?」

「明日?」


 俺は明日という言葉に首を傾げた。すると、少し困ったように目を細めて、


「いや、今日はもう遅いし、てか、最初の方に言ってたじゃん……」

「そ、そうだった。あ~……、確かに、この街割と広いし……」

「まぁ、別に全部案内する必要もないでしょ」

「確かにそうだ」


 話し合っていると、背後から天使が「はいはいはい!!」と、小さな子供みたいに割り込んできた。


「私、二人のお勧めの場所とか行ってみたい!!」

「あー……。確かにそれありだな」

「おすすめ……。あたしは特にないな」

「え!? 意外!! じゃあ、折角だし俺のお勧めの場所二か所連れてってあげよう」


 やべぇ。今のところ全然苦労せずにスムーズに事が進んでる!


 悔しいが、認めざる負えない。この天使、めっちゃ出来る奴だ!!


 そしてその日の夜。


 零華さんを送った後、俺は天使をホテルまで送っていた。


「はぁぁぁ……」

「う~ん。美味美味!! こりゃあいいねぇ~」

「この調子で行けば、俺は一年以内に余裕でお前基準の『幸せ』になれそうだ!」

「お前基準って……。あなた、普通の基準で見ても幸せになんて見えないけど……」


 こいつは一体何を言っているんだろうか?


「あ、てかふと思ったんだけどさ、なんか幸せにも味があるみたいだけど、天使の中には好みとかってあるのか?」

「あるわよ? 私は俄然甘酸っぱい味が好き。男性だったら、濃厚なコーヒーだったりが多いかな?」

「ふ~ん……。何か、思ったより普通に人間だな」


 俺の中で、だんだんと天使に対する理想が崩れていく。


 しかし、天使がいるのなら、悪魔や神様などもいるのではなかろうか?


「神様とかって……」

「うえぇぇぇ!!」


 なになになに!?


 とてもお見せできないものが口の中から……。


「ど、どうした?」

「私の前で神様の話とかやめて。あいつら、マジでクソ上司だから」

「そんな吐くほどなのか……」


 というか、上司なんだ。


 まぁでもそうか。天の使いで天使だし、その『天』は一応こっちの世界で言うところの上司に当たるのか。


「てか、上司とかがいるってことは、給料とかも存在するのか?」

「えぇ。というか、それが食事よ? 私がこっちにいる理由のもう一つは、幸福を直接摂取できるからっていうのもあるのよ」

「ほへぇ~……。なんか思ったより大変なんだな」


 でもちゃっかりこっちにいる分、この天使はせこい奴なのだろう。


「それで? どうだった? 零華さん」

「あ、もう絶対付き合いたいです」

「むっふふふ。その欲望がデカければデカいほど成就した時の幸せは大きくなるからねぇ……」


 天使はいたずらな笑みを浮かべながら、舌なめずりをした。普通なら、ちょっと妖艶に感じる女性の舌なめずりだが、中身がおっさんもいいところだと分かると、こうも魅かれない。


 見てくれはすごくいいんだけどなぁ……。

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