第7話  帰り道②

「ねぇ、やっぱり辛抱溜まらないんだけど……! あの甘酸っぱい味をもう一回!!」

「ミカンでも食っとけ!! てか、幸福が餌とか言ってたけどお前こっちに来た時ミカン食ってたじゃねえか!」

「あ、あれは味だけで……。お腹にはたまらないの!!」

「あのさ……」


 いつもの調子で言い合いを続けていたら、しびれを切らした零華さんが声をあげた。


「……何ですか?」

「そういういちゃいちゃは二人きりの時にしてくんない? てか、あたしいる?」


 先ほどから、街の案内どころか碌な会話もしていない状況。


 猛省猛省。


 でも、この駄天使を放っておくと、また幸福欲しさに暴走しかねない。しかもコイツ、知識が偏ってるからなおのこと厄介なんだよなぁ……。


「ごめん! あ、ここら辺俺も知らないんだけど、零華さんお願いします」

「……まぁ、ここは……。……ここはぁ」


 あれ?


 なんか、めっちゃ頭を悩ませてるけど、どうしたんだろ?


「……なんもない」

「「お、おう……」」

「しいて言うなら猫カフェがあるぐらい? あたしはたまに寄るけど」

「あなた、猫が好きなの?」


 天使が無遠慮にそう聞くと、零華さんは顔を少しだけ赤らめて視線をそらした。


「ま、まぁ……」

「行きましょう! 猫カフェ!」

「え、街の案内は?」

「まぁまぁ、別に二三日かかってもいいんだし……」


 ほう……。なるほどコイツうまい。


 こうして期間を設けることで、デートへの壁を少しでも低くしている感じだろう。


 素晴らしい!!


 俺はこの時、天使に喝さいを送りたくなった。


 それにしても、零華さんは猫が好きなのか……。


「じ、じゃあ……行く?」

「もちろんです!」

「…………」


 零華さんは何ともきまり悪いような表情を浮かべていた。


 そして猫カフェに入り受付を終えた俺達は、恐る恐る、されど浮足立つ歩幅で奥へと進んだ。


 扉を開けるとそこは天国だった。


 目をくりくりとさせたきゃわいい猫ちゃんたちが俺達をお出迎えしてくれた。


「めっちゃ可愛い!」

「…………っふ」


 何故か零華さんは得意げな表情になっていた。そして天使はというと、何故か頬のあたりに手を添えて恍惚の表情を浮かべていた。


 俺はそんな幸せそうな天使の耳元に口を近づけた。


「どうした?」

「めっちゃおいしい!!」

「…………」


 そうか。こいつは大した目論見はなく、俺から出る幸せホルモン的なのを喰らっていたのだ。


 でも……。


 俺が前方に目を向けなおすと、そこにはちゃっかり部屋の真ん中で正座をして太ももの上に猫を添えた零華さんがいた。


「にゃ、にゃあ……」

「くっは!?」


 な、なんだ今のは!?


 にゃ、にゃあぁぁあぁ!?


 ま、まさか零華さん、猫とコミュニケーションをとろうとしている!?


 あーーーー!!


「っばばっばばばば!!」

「めっちゃ美味!!」

「何やってんのあんたら……」


 しばらく零華さんと猫のマリアージュに悶絶していた俺だったが、本格的に猫と戯れを始めた。


 やっぱり猫は最強なんだよ。そっけない態度取られても全然ストレスにならないんだもなんなぁ……。


 と、ころんと寝そべってお腹を見せてくる猫をなでたり、猫じゃらしで遊んでいると、天使がのそりのそりとやってきた。


「ねぇねぇ、なんか微妙な味に変化したんですけど」

「ん? 微妙な味? よくわからんのだが……」

「私の考えだとね? 癒しと幸せって全くの別物だから、今は癒しが勝っちゃってるのよ」

「あ、そっすか」


 そっけなく応対すると、何をしたのか猫が天使の方に引き寄せられていく。


「お前、なにしやがる……」

「いいから、もうちょっとアタックしなさいよ!!」

「んなこと言われても、あんなサンクチュアリを汚すことは何人にも許されてないんだよ!」

「私のお湯は手汗だのなんだの言ったくせに!?」


 全く……。


 まぁでも、何の考えもなかったにせよ、ここまでこれたのはこの天使のおかげだし、ちょっと幸せになる努力をしてみるか。


 俺は恐る恐る猫と戯れている零華さんの下へと行くと、なるだけ自然に座った。


「……好きな猫の種類って何?」


 とっさに思いついたのはそんな質問だった。


「ん? ん~~……。特に種類で見てないかな。今遊んでくれる子が一番好き」


 俺はそんな君が好き。


 キモ俺。


 あー……でもやばいは。マジで可愛い。もう触れることすら禁忌だろ……。


「よく来るって言ってたけど、どういう日に来るの?」

「…………まぁ、普通に精神的にきつい時とか?」

「そ、そんな時があるのか……」

「ま、色々ある」


 色々……か。


「例えばどんなの?」


 そう聞いたのは、体中に猫を引っ付けた天使だった。


「お、お前な……」


 こういうのは聞かないほうが良いだろ……。何より、こんな好感度もクソもない状況では……。


「まぁ、案外ちっちゃい事が重なったりしていって溜まっていく感じ」

「小さい事?」

「そそ、一日中休める日があると思ったら、実は予定があったとか、そういう小さい事」

「……なるほど。ちょっとわかるな……。なんかそう言うのって、人に言いにくいんだよなぁ。『そんなことで』とか言われてしまうから……」


 俺の言葉に、猫をなでながら小さな笑みを浮かべて返した。


「佐藤はそーゆーことあんの?」

「…………無くはないかな? それで限界になったりすることは無いけど、でも、そういう小さいことでなんかが爆発するとかは割とある……」

「私には分からない感覚だわ」


 天使は髪を耳に掛けながらそう言った。


「だろうな。お前に倫理とか、心理とか、情とか、そう言うのは備わってないもんな」

「あぁ!?」

「すっごいいいよう……。てか、あんたらってどういう関係なの? 話では、つい数日前に引っ越してきたとか聞いたけど」

「この佐藤が私のペットで、私が飼い主」「この天野とか言うのは俺に気があって、俺は告白を振ってやった人間だ」

 

 俺はすぐさま立ち上がり、天使の眼前でくわっと目を見開いた。

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