第6話 帰り道①

「零華さん」

「ん? なに?」


 やっべぇ……。超かっこいい……。かっこいいし可愛い……。


 すんげー手汗。こりゃ天使のことバカにできないな……。


「あ、いや……。あの馬鹿天……。天野さんに街の案内を頼まれてさ。それで、手伝ってくれないか?」

「……なんであたしなわけ? 他にもっと適任いたでしょ」

「零華さん、散歩が趣味って自己紹介の時言ってたから。この町には詳しいかなって……」

「……ふ~ん」


 零華さんは訝し気な目を俺と天使に往復させて、小さくため息を吐いた。


「まぁ、いいけど別に。今日の帰りのついででいい?」

「もちろんです!」

「ん。わかった。部活とかって入ってんの?」

「あ、いや。入って無いです」


 そう言うと零華さんはポケットからスマホを取り出して何かを始めた。


 俺がじっと固まったままいると、ぎろりと鋭くどこか妖艶な目をこちらに向けて、


「まだ何か?」

「あ、ごめん。なんか言われるのかと思って」


 零華さんは不思議そうな表情を浮かべた後、思い出したかのように言った。


「そっか、返事し忘れてたか。ごめ、うん。わかった。今親に連絡入れてるだけだから」

「そっか……。ありがとう」

「ん。どたまー」


 俺は自分の席に戻って、天使と向き合った。


「零華さん、思ったより優しかった……」

「どたまって何? え、私たち頭かち割られるの?」

「多分どういたしましての略だと思うけど……」

「まぎらわし!」


 とはいえ、ひと段落。


 あれ?


 俺、零華さんと一緒に帰れんの?


 え、やば……。何か、手の震えが!


「あ、あば……。あばばばばばばばあばばあばばば!」

「ちょちょちょ!? 禁断症状みたいなの発症してるわよ!? で、でもなにこの味わったことのない幸福は……! めっちゃうまい!!」


 目を輝かせて俺の幸福を味わう天使。小刻みに震えて幸福を喜ぶ俺。


 というか、俺もう十分幸福だしいいんじゃね?


「な、なぁ、もうかなりの幸福だったんじゃないのか?」

「な、なに言ってるの? こんな一瞬の幸福はダメよ! もっとこう……、恒久的に無いと……」


 そんな頬をとろけさせた恍惚とした表情で言われても……。


 でも、雄二たちの誘いを断ってくれたおかげでもあるし、感謝だな!


 それからの授業はいろんな妄想が交差しては、いやそんなことは無いという理性が働いて、妙に落ち着かなかった。


 そしていよいよその時がやってきた。


 地下にある昇降口の出入り口に、真っ黒でしなやかな髪を風になびかせた少女がそこには立っていた。


 そして、俺の方を向くと笑顔で……い、いや違う!


 あれは、『いつまで待たせんだゴラァ!』っていう怒りの表情だ!!


「す、すいませんすいません!」


 俺は中間管理職よろしくの態度で、零華さんに近寄った。


「ん。別に今来たところだから」

「あ、そうなんですね」


 あれって怒ってない部類に入るのだろうか?


「てか、あの転入生は?」

「俺は見てないっすね」

「…………てかさ」

「あ」


 零華さんの顔を見れずに目のやり場に困った挙句下を向いた俺は、立った一文字の言葉を漏らした。


 そう。零華さんが何かを言おうとしたその時、俺の視線の先には、地面と同化した天使の姿があった。


 にたりぃと気味悪く笑う天使。もうこいつはただの妖怪だ。


「ん? 何? なんかあった?」


 そう言って振り返ろうとする零華さんの手を引っ張り、昇降口の坂道を下った。


「ごめん。ちょっと呼んでくるから、あそこの角のあたりで待ってれません?」

「え? ……いいけど」

「ありがとうございます!」


 俺は急いで坂道を駆け上がり、出入り口の方へとたどり着くと、思いっきり地面を踏みつけた。


「あっびゃあああああ!!」

「気持ち悪いんじゃおめえええ!! 雄二たちの事なんもいえねえぞ!?」

「な、なによ!! せっかくだからパンツの色とガラでも教えてあげようと思ったのに!!」

「殺すぞ!! お前、今度零華さんに変なことしてみろ? お前についてのありとあらゆる悪評を学校中にばらまくからな!?」


 すると、地面からにょきにょきとチンアナゴみたいに天使が生えてきた。


 見たくなかったよ、こんな天使。


「も~~~……。いやでも、あの幸せの味があまりにもおいしかったから……」

「お前な、世の男子に謝れ!! そんなな? 誰からか聞いた下着の色とか、正直どうでもいいんだよ!! 男子はな、自分の目で見たいんだよ!!」

「そっち!? 私のキモさを越えないでくれる!?」

「超えてねえよ!」


 などと言い合いをしていると、その声が聞こえてしまったのか、いつの間にかこちらにやってきていた零華さん。


「……下着とかなんとか言ってたけど、何?」


 なーんでそんな都合の悪いところだけよく聞こえてるんですかね?


「実はね? この佐藤という男、あなたのし……!?」


 俺は天使の頭頂に正義の鉄槌を落とし、口を塞いだ。


「……ご、ごめん。いや、急にこいつが下着に困ってるとかって話を振ってきたからさ……。あはは……」

「……男子は自分の目で見たいとかって聞こえたけど?」

「き、聞き間違いだよ? ダンスは自分の目で見たいって言っただけだよ?」

「なんか会話が見えてこないんだけど……」


 ですよね。俺も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る