第2話 これってさぁ……

「俺は、超、幸せだぁ!!!!」

「…………」


 俺の堂々たる宣言にびっくりしたのか、目を見開いて固まった天使みたいな人……。


 しばらく静寂が流れて、俺達の横を初冬の風が通り抜けると天使みたいな人は無遠慮に言った。


「いや、幸せじゃないじゃん」

「なんで断言できんの!?」

「もしかして……。…………はぁ、分かったわ。ちゃんと理由を言うから、それを聞いたらついてきてくれる?」

「検討します」


 天使みたいな人はまたも咳ばらいをして説明を始めた。


 流石に冬も始まってきたということもあって寒さが突然全身に巡り、二の腕のあたりを手でこすった。


「あのね? さっきも言ったけど、私たちにとって異世界転生ってそこまで苦じゃないのよ。特に、人の願望のみの世界は大体おんなじだし……。それで、私たちがこんなことをする理由だけど、簡単に言えば、人の幸福が餌だから」

「……餌」

「あ、悪い意味でとらえないで? 人の幸福を感じる時にでるあなた達で言う『幸せホルモン』的なものが餌なの。幸福そのものじゃないから安心して?」


 な、なるほど。確かに、悪魔は人の悪感情なんかが餌って言われてるし、その逆だったら幸せが好物でもあり得ない話ではない。


 でも、今更だけどこの人ってどういう……。


「だからね? 幸せになってほしいの。今、日本の幸福度は一気に下がってて、しかも自殺者も多い……。日本を管轄にする私たちには、超絶ピンチなの!!」

「……なるほど。まぁ、確かにそれならギブ&テイクがちゃんとしてるのか……」

「そうそう。でも、いい話でしょ? 断る理由なんて何一つ……」

「さっきも言ったけど、俺は十分今でも幸せなんだよ! 何かの手違いじゃないのか? 腹減りすぎてミスなんてありえない話じゃないだろ?」


 言ってみると、顎に手を添えて悩まし気に首を傾げた。


「…………いや、もう関係ない!! とにかく、損はないから異世界転生しましょ!?」


 天使みたいな人は俺の手を強引につかみ、俺の体は少しずつ浮き上がっていく。


「うぇえ!? やめろ!!」

「ちょ……」


 手を強引に振りほどき、俺は天使みたいな人を指さして言った。


「ふざけんな!! 確かに、『望んだものが簡単に手に入る』。なんて字面はいいかもしれないけど、俺は今の人生で幸せになりたいんだよ!! そう思うのはおかしなことじゃないはずだ!」

「う……。まぁ、確かにそうかもだけど」


 自分でもはっきりと理由は分からなかった。ここで手を差し伸べれば、確実に幸せになれるのだろうけど……。


「と、とにかくそう言うわけだから! 残念ながら転生はしない!!」

「えぇ……。めっちゃいい条件なのに……」


 天使みたいな人は肩を落として落胆した。そして、徐にビルの群島のある方に視線を向けた。


 何故かその目は凄く寂し気で、切なそうに俺の目には映った。


 俺はその視線の先にある綺麗な蜃気楼を眺めて、もう一つ、異世界に行きたくない理由を想い出した。


 俺は…………!


「……はぁぁ。わかったわ。普通こんなのあり得ないけど……」

「おおお!! やったー! じゃ、さよう……」

「待ってあげよう!」

「は?」


 ばっとこっちを見た天使みたいな人は、キラキラと目を輝かせて、そしてなぜか得意げだった。


「この高校でのあと二年程の期間で、幸せになって見せなさい! いや、やっぱり一年よ! 来年の正月まで!!」

「……いや、だからもう幸せなんだって……」

「あーはいはい。じゃ、そう言うわけだから」


 そう言って空か異空間かに消えて行くのかと思ったが、しばらく立ち尽くしても特に動きを見せなかった。


「あのー……」

「……何?」

「…………え? 消えないの?」

「当たり前でしょ? あなたが幸せかどうか、ちゃ~んと確かめさせてもらうんだから!」


 えぇぇぇ……。


 俺がどうしようかと手をこまねいていたその時、また再びひんやりと冷たい風が吹き抜けて、思わず、


「さむっ!」と身を縮めた。


 すると、


「あれ? 寒いの? なら、温かいものでも……。あ、ほら!」


 そう言って差し出してきたのは、お椀上にした両手だった。


「なんもない……っは!?」

「えっへへ~、私は天使よ! お湯ぐらい簡単にだせるんだから!」

「おおお……お? おぉぉ……」

「な、なに?」


 俺の反応が存外煮え切らないものだったせいか、不安げに俺を見てくる。


 俺はそんな天使の方をチラチラと確認しながら、恐る恐る言った。


「……これってさ」

「えぇ」

「手汗じゃないよね?」

「………………」


 ぴたりと、天使の体は微動だにしなくなって、途端に空気が張り詰めたような気がした。


 ぎりぎりと、天使は歯ぎしりをし始めて、そして火山が噴火したかの如く荒々しい言葉が飛び出してきた。


「ざっけんなごるぁぁぁぁぁ!!」

「ぎゃあああああああ!!」


 というかあの天使、あの状態で俺にどうやってお湯を飲ませようとしたんだよ!?


 他にもっとあっただろ!?


 そうして俺は帰途に就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る