第6話

 体育が終わって保健室で授業を受けていると、廊下の方から騒がしい音がしてきました。勢いよく扉が開けられると、あの子が担架に乗せられ運ばれてきました。

 

 ベッドに寝かせられると、苦しそうにうめき声をあげています。先生たちがバタバタと駆けまわる中、私はさりげなく窓を開けておきました。私は隣の空き教室に連れていかれ、待っているようにと指示されました。


 しばらくしてまた廊下のほうが騒がしくなりました。

 廊下に出るとそこには、一匹の烏(からす)と、それを追いかける先生達の姿がありました。せっかく窓を開けておいてあげたのに、あの子はそこから外に出られなかったようです。


 そこら中にぶつかりながら逃げ惑うその姿を見ていると、少し怖くなってきました。廊下の窓を開けてあげると、一瞬、烏(からす)と目が合ったような気がしてどきりとしました。烏(からす)は一目散にこちらに向かってきて、私が開けた窓から外に出て行きました。



 その日の放課後、私は数日ぶりにあの廃工場へ向かいました。トタン屋根の上に、烏(からす)が一は止まっています。


「ねえ、今日は来てる?」

『…さあな』

 三回扉をノックしても、貴方は開けに来てくれません。今日はいないのかしらと思い、私は自力で重い扉を開きました。貴方はキャットウォークに佇み遠くを見ていて、どこかいつもと違う雰囲気です。


「どうしたの?」

 そう聞くと、貴方の唇が微かに動きました。


『カァ』


 私は驚きました。久しぶりに聞いたその音は、紛れもなく烏(からす)の鳴き声です。そしてその音は今、貴方の口から発せられました。


「ねえ、変な冗談はやめてよ」

 私は不安になり、貴方のもとへ駆け寄ろうとしました。その瞬間、貴方は両腕を羽のように広げ、一歩前へと踏み出しました。音もなく落下した貴方の体は、地面に着地すると同時に鈍い音を立てました。


 私は恐怖でおぼつかない足を何とか動かし、貴方の傍へ近づきました。手首は見たこともない方向に折れ曲がり、震える体は辛うじて生きていることが分かります。ついてきた烏(からす)がそれを見て言います。


『哀れだよなあ。こんな高さじゃ、死ねもしない』

 貴方の唇が微かに動きました。そこからもれ出るのはやはり、烏(からす)のようなうめき声です。


「なんで、どうして」

『前にいったろ?烏(からす)語を話す奴がどうなるか』

「でも、彼は烏(からす)の言葉は分からないって」

『じゃあ、無自覚のままこうなっちまったんだ』

「…どうしたら彼を助けられるの?」

『前に渡した薬を使って、コイツを本物の烏(からす)にしてやればいいじゃないか』

「あれは…他の子に使っちゃった」


 その烏(からす)は笑いだしました。

『あんたも酷いことするね。じゃあ最終手段だ。薬を飲んで烏(からす)になった奴を殺して、コイツにその肉を食わせるのさ』

「そんなので、解決するの?」

『さあな。なんせ薬を使うのも千年ぶりだ。誰かの嘘が本当みたいに伝わっているのかもしれない。でも、試すしかないだろ?』


 その烏(からす)の言うとおりでした。私は、貴方がこれ以上自分を傷つけないように、落ちていたロープで、貴方の手足を縛りました。ぐったりとしてされるがままの貴方を見ながら、私は自分を責めました。もし私が、あの薬を使わずにとっておいていれば。


 だけど泣いている暇はありません。


「待っててね。必ず助けるから」

 私はそういって駆け出しました。


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