第2話
貴方と出会えたのは、私にとって奇跡でした。放課後、私は貴方に会うために町外れの廃工場へ向かいます。色の禿げたトタン屋根に止まる烏(からす)に、私は呼びかけました。
「まだいる?」
『さあね。自分で開けて見てみなよ』
赤茶けた扉を力いっぱい引くと、仰々しい音を立てながら辛うじて私が通れるくらいの大きさに開きました。がらんどうの工場内には、屋根を歩く烏(からす)の足音だけが空虚に響いています。丸い天窓から降り注ぐ光は行き場のないスポットライトの様に、ポツンと白い跡を地面に落としていました。やっぱりいないかと肩を落とす私に、頭上から声が降ってきました。
「三回ノックって言っただろ」
見上げると、今にも崩れそうな工場のキャットウォークに座る貴方がいました。黒い学生服を着て縮こまって座るその姿は、まるで電線にとまる烏(からす)のようです。
「ごめんなさい。もう帰っちゃったかと思ったの」
「入口の烏(からす)は教えてくれなかったの?」
「あの子意地悪だから」
「あっそう」
あなたはそれだけ言うと、何故かお腹に隠しているスケッチブックを取り出して、いつものように絵を描きはじめました。
初めて出会った時も、貴方は絵を描いていました。何やら慌てたような烏(からす)達の声に連れられてこの廃工場に来た時、貴方は内臓の飛び出た烏(からす)の死骸を前にして、スケッチをしていました。
「貴方が殺したの?」
私は思わず、自分が烏(からす)語を話すことも忘れて声を出してしまいました。貴
方はゆっくりと私の方を振り返り言いました。
「俺じゃないよ」
貴方の言葉は、私の頭を黒く曇らせることなく、クリアなまま響きました。
少し掠れたようなその声は、パパや同級生の男子とも違ったけれど、懐かしいような、とても安心するような気持ちにさせました。
スケッチを終えると、貴方はその烏(からす)を工場裏に埋め、お墓をつくってあげました。一部始終を傍で見ていた私は貴方にいろんなことを聞いたけれど、教えてくれたのは「ここは俺の秘密基地だから二度と来るな」ということだけでした。
そう言われたけれどお喋りできる人がいることが嬉しくて、私はその廃工場に足しげく通いました。
はじめのうちは私を無視していた貴方も、ちょっとずつ会話をしてくれるようになりました。
といっても、貴方は自分のことをあまり話さなかったし、私が烏(からす)語を話せるというのも信じているか分かりません。だけどそれは重要なことではありませんでした。貴方の言葉はいつもクリアなまま私の脳に届き、こんな私の言葉も貴方は理解してくれます。私はそのことにどれほど救われたか。
貴方がいたから私は、生きるのを耐えられたのです。
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