第2話

「おじさん、私を拾ってくれない?」


 少し成長したような、それでも大人とは言い切れないまだあどけなさの残る顔立ちに、少し色落ちし始めているダークブラウンの髪。そして、極めつけにどっかの学校の制服。どっからどう見ても高校生然した少女が、そこには立っていた。



「ああ、何だお前、迷子か?こんなとこに至ら風邪ひいちまうぞ?」

 明らかにこの場にそぐわない様相の彼女に俺がそう尋ねると、彼女は首を横に振ったのち、少し迷ったように顎に手をやる。



「あーいやいや、迷子とかじゃなくって…。あー、でも、人生の迷子って意味ではあってるかも。」


 自分の中で腑に落ちたのか少女はうんうんと一人頷く。


「高校生がいっちょ前に人生なんて語ってんじゃねぇぞ、そういうのはもっと大人になって酸いも甘いも知ってから語るもんなんだよ。」



そう言うと、彼女はウッと顔をしかめる。



「おじさん、お酒臭いけど、ひょっとして酔ってる?」


「ああ?酔ってなんかねぇぞ。」

 とは言いつつも、少しずつ呂律は怪しくなっていく。



「おお、酔っ払いだし案外ちょろそう……。」

「あん?なんか言ったか?」

「あ、いやいや別に。こっちの話。」



 何やらぼそぼそと話すが、言葉は俺には届かない。


「そもそもお前どこの高校出身だよ。この辺じゃ見ない制服だけど。」

「うん?そんなの別によくない?」



 別によくはない気がするが、彼女の言葉には妙な説得力があり、俺もそれ以上効くのをためらってしまう。というかこんなところを誰かに見られたら流石にまずくないか?





(「新田さん、お酒に酔って未成年に手出したんだって……」


 「ああ、知ってる知ってるぅ。でも、奥さんも子供もいなかったんでしょ?」

 

 「いやいや逆だよ逆、結婚もしてないからそんな子に手を出すんだよ。」

 「あー、それもそうだよね~」

 俺のそれまで座っていた席の方を遠巻きに見ながらこそこそと話す女性社員二人。



 「あー、新田君。若いうちは自由に生きろと言ったが、そこまで制に自由になれ     と僕は言ったつもりじゃんかったんだけどなぁ。」

 半ば笑いをこらえるようにして喋る部長……  )






 酒でぼやける頭ではずるずると最悪なパターンを想像してしまい、思わず身震いしてしまう。マズイ、早くなんでも理由を付けて立ち去らなくては。そんな風に考えていると、彼女の方から声をかけてくる。


「それでぇ、あのぉ、お兄さん。私、一人でぇ、寝る場所もないんだけどぉ、助けてくれたり、しない?」


 先ほどまでのさっぱりした雰囲気の声とは打って変わって妙に艶っぽい声を出してくる少女。まだまだガキっぽさは抜けないが、その声色には何か「慣れ」のようなものを感じる。



(なんつーか、ガキのくせに嫌な雰囲気を出すだな……。)



「嫌だね、お前分かってんのか?お前みたいな未成年連れ込もうもんなら一発でお縄なんだよ。」



「えー、そこを何とかしてよ。」


「大体なんだよ、そのプレート、拾ってくださいって。犬じゃないんだからさ。」


「ああ、いいでしょこれ?前の人が作ってくれたんだ。」



 嬉しそうに彼女は語るも、その言い方に少し引っかかりを覚える。



「お前……ひょっとしてこれ、初めてじゃないのか?」

 俺の質問に少女はなんてこともないかのように答える。




「うん、そうだけど。」




 差も平然と答えた彼女の瞳は、もはや光なんてなかったように見えた。

 俺が愕然としていると彼女はさらに続けた。



「あ、ちなみに私、ワンちゃんプレイもイケるよ。前の前の人がそういう趣味だったし。」


 サーっと、風も吹いていないのに、一気に酔いがさめていくような音がした、

「お前…」

 話す彼女は「そう」することが当たり前のような口ぶりだった。


「だからおじさんも、なんか好きなプレイとかあったら言って?なんでもって訳にはいかないけど、大体一通りやったことあると思うよ?」


 そうか、大人はこんな年端も行かないような少女をここまで歪ませるのか。養ってやるんだから尽くすのが当然?養ってもらえるんだから尽くされるのが当然?世の中、そんな葛しかいないのか、この子は、そんな奴らにしか出会ってこなかったからこんな風になってしまったのか。なら警察に突き出すべきか?いや、警察のもとに突き出したところで、この子は見たところ自分の意志で家から逃げている。こんな状況にまで追い込まれた子を警察に連れて行ったところで、何の解決にもならない気がする。たった一人の少女を大人は誰も守ってなんかやれなかった。そんなの、そんなのって……


「あまりに、可哀そうだろ……!」


「ちょ、ちょっとおじさん、え、何?雰囲気に反して案外強引だね、なーんつって……」


 その言葉に対して、酒の勢いもあったのか、俺は掴んでいる手を放した。


「いいか、今回は特別に俺の家に住まわせてやる、だけどな、もしまた自分を蔑ろにしようとしてみろ、二度と俺の家には住めないようにしてやるからな。」


 俺の反応が予想外だったのか、少女はしゅんとしたような表情になる。


「だって、こんなやり方しか知らないんだもん……。」


 突き刺すような寒さの中、気まずい沈黙がお互いの間に流れていた。













 ジリリリリリリリリrrr

聞きなれたアラームで目を覚まし、忌々しく目覚まし時計をたたくが、手の動きは普段よりも重たい。


「あー、うう、完全に二日酔いだわ、これ…・・」


「おはよー、おじさん。」


「ん?ああ、おはよう……」



 目覚まし時計のアラームで目を覚ますと、そこには見慣れた、いや、そのうち三慣れるであろう少女が立っている。



 そうか、俺は彼女を拾ってしまったのか……酒の勢いもあったとはいえ、これからどうしたものか……。



「うん?どうしたのおじさん、気分でも悪いの?」

 俺の様子を心配した風に彼女が顔を覗き込んでくる。




 —————その首にはもう、「拾ってください」と書かれたプラカードは掛かっていなかった。










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JK、拾ってみた。 尾乃ミノリ @fuminated-4807

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