第7話
「すまんな、ほんま申し訳ないわ」
「いいよ、気にすんな」
七緒が三日前に巡業中に倒れた。十二指腸潰瘍になって、あまりの激痛で帰りの新幹線から病院へと運ばれたようだ。病院でそんなことを七緒に言う。
「大丈夫、来年あるからさ」
時間を見れば、もう三回戦が始まる頃の時間だ。悲しいことに、棄権の連絡はもうした。あと一週間はこのまま入院だろうから、残りの三回戦日程も間に合わない。
悲しいことに、俺たちの今年の挑戦は病院で終えることになった。
そして、その年の優勝は、昔からわーきゃー人気が高い俺たちの同期だった。スピーディーなネタでゴリ押していたあいつらが、いつの間にか変化球や独特な間を使い、今年ラストイヤーだった氷鬼から僅差で千両漫才師になった。
俺は、それを七緒と共に部屋で見ていた。
「今年は全体的につまらんかった」
「そやな、こうは言いたくないけど、パッとせん年やったな」
「そうだな」
優勝したのは同期だからか、俺たちの口から出る言葉は鋭い。わーきゃー人気に胡座かいとけよ、と心のなかで思いつつ、同期の千両漫才師報告記者会見を眺める。
療養を終えた七緒とは、もう仕事を再開しており、今日は仕事を入れるか迷ったが、オファーが来なかったので二人で鍋をつついている。
「チゲ旨いなあ」
「俺が作ってるからな」
そして、俺達の9年目。番組が突如無くなった。
待てど暮らせど来ない参加エントリーに、皆どういうことだろうと思っていたら、様々な都合により今年はなくなったのだ。
七緒はそれを聞きながら、悔しそうに口を歪めていた。初めてのことだった。
「納得いかんわ、ほんま、納得いかん」
公式からの謝罪文に、いろんな芸人たちの士気が下がるのがわかる。俺たちもまた士気が下がり、大きな目標を見失ったのだ。
そして、10年目。11年目。12年目。13年目。14年目。
6年も月日が経った。
劇場では人気もそこそこで、それなりの地位になったが、テレビなんて夢のまた夢。
正直、殆どの時間をだらだらと過ごしてしまった気はある。
俺の冷水芸は、もはや鉄板となり、勢いある生意気な若手には弄り倒される日々。
七緒はピン芸人としては少し名は売れて、たまにピンでテレビに出ていることがある。
家では俺が家事をして、七緒は世話をされる。いや、金は基本あちら持ちだから、兼業主婦的な扱いのような気もしている。
変わったことといえば、母親が死んだ。死んだ理由は、信じるものが無くなったからかもしれない。信仰していた宗教のバックには、隣の大きな国のやべぇやつらがおり、日本のやべぇやつらを通じて、金を巻き上げていた。
それが発覚し、てんやわんやになったのは3年前。犯罪組織の金策に使われていたことを知った母は、見る見るうちに老け込み、ある日心臓発作で亡くなった。
脱会した母とは関係を修復できたが、あまりにも突然のことで、失った時間を取り戻すことは出来なかった。
七緒は憔悴した俺を懸命に支えてくれた人だった。
それ以外は正直、あまり変わらない日々だったとおもう。
ただ、母親だけではない、芸人周りは随分と変わった。
わーきゃー人気だった奴らは次々落ちぶれ、今の劇場では着実な力があるやつしか残れない。
仕方ない、テレビから漫才はほとんど消えたと言っていい。漫才の氷河期だった。
色んな奴らがコントにシフトしていく。
それかテレビ向けの謎のキャラクターをしたり、別の趣味を売り出したり、どんどん変わっていく。
そして、また一人また一人とこの壊れそうな
もう腐るほどいた同期も数えるくらいしかおらず、以前敗者復活枠で決勝まで行った山茶花ですら、去年解散してしまった。
そんな時であった。
「千両漫才師、今年復活しますよ、レディスミスさんもラストイヤー出ますよね」
マネージャーから渡されたエントリーシート。
参加要項はコンビ結成歴15年目まで。
ラストイヤー。俺たちの気持ちは変わらない。
8月の暑い日差しの中、エントリーNo.111のシールを胸に貼った俺たちはいた。
こんなやる気満々の数値。
1位でなかったら、間抜けすぎる。
俺たちは、その番号を見ながら、そう嘲笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます