千両が舞う
木曜日御前
第1話
千両が舞う光景を、俺は見たかった。
轟々と光る街の光に手を伸ばす。
ただ、その手は虚しく中を切り、なにかに当たった。
次の瞬間、鋭い痛みと喧騒と共に、世界は急にぐるりと変わる。
ガンッ、ガチャンッ!!!
「ゔぇぁっ、ぁッ!」
まるで誰かに突き飛ばされたよう。
飛ばされた先の汚いゴミ袋の山に埋もれる。
ああ、瓶でも割れたか。
背中にガラスのようなものが刺さり、ジュワリと冷たい感触が広がる。飲みすぎて、アルコールに浸かりきった身体、いじめにいじめ抜いた身体は、満身創痍。
少し痛み増えたところで何も変わらないわ。
というか、漫才師のツッコミがごみ置き場にツッコむとはなんというか、かんというか。
「おっさん、前向いて歩けよ!」
吐き捨てて、前を通る活きが良い男。多分突き飛ばしたやつだろう。
ぐわんぐわん歪む視界の中、その男をよく見る。
サングラスにぴちT、ガチガチワックスで固められた髪型とか、六本木だわぁっと思ってしまう。
そして、隣には商売女だろうか、ギャラ飲み女なのか、随分端正に出来上がった顔をしているやつがこちらをチラチラと見ながら前から消えていく。
ええ女やね、素材は何で出来てるん? とか聞いたら怒られてしまうだろうか。職業病のように、見えるもの聞こえるものに対して、余計なことを考えてしまう自分に嫌気がさす。
ああ、こんなクソみたいな十五年で染み付いた性。
ほんと、いい加減にしてくれ。
俺の人生の終わりですら、またこの言葉で終わるのか。
息しづらい自分はそのまま目を閉じた。俺が死んだら、笑ってくれるだろうか。腹の中にあいつのが入ったまま死んで解剖されて、その状況を知ったら、頭いいあいつは「お前は腹切り文豪か」と笑うか。「ツッコミがボケに突っ込まれてるんちゃうぞ」と真顔で返すか。
十五年、嫌というほど突き合わせたあほ顔は思ったよりも鮮明のようで、朧気。白んでいく視界に浮かんできたアイツ、絶対こんなかっこよくないわ、俺のがイケメンわーきゃーされてたわ、あのクソオールバック、なのに笑ったあの顔が。あの顔が。
あの顔が、最後まで忘れられなかったなあ。
ああ、死ぬ前に思い出すのも、親ではなく、彼女でもなく、お前なんてどういう呪いなんだか。
目を閉じて思い出すのは、全てあいつとの思い出。ああ、出会った頃は今も鮮明に覚えている。
三十五歳の最後の冬。俺は汚い繁華街のゴミ山の中にいた。
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