第96話 人生で一番大切な人かー

 その日を境に始まった私と彼女との交流。二人の都合が合う日は、毎日のように会って話をした。彼女は体がそれほど強くないから、激しい運動はご法度だった。けれど、不満に感じたことなんて一度もない。人間の友達と一緒にいられる。その事実が、私の心を満たしてくれた。


「今日からあなたのことテンちゃんって呼ぶね」


「テンちゃん?」


「そうそう。天狗だからテンちゃん」


「えー。ちょっと安直じゃない?」


「いいじゃん、かわいいし。それに、友達にあだ名を付けるのって憧れだったんだ」


 彼女と交流するようになって知ったのは、彼女にはあまり仲のいい友達がいないということ。彼女曰く、自分の体が弱いせいで、学校のクラスメイトから変に距離を置かれているのだそう。人間社会というのも、なかなか難しいものだ。


「そういえばさ。テンちゃんのこと、やっぱり秘密にしなきゃダメ?」


「……うん。その方がありがたいかな」


 彼女と友達になったからといって、私の中には自分の正体を明かす恐怖心がくすぶったまま。それを完全に克服するには、まだまだ時間がかかりそうだ。


「むう。天狗の友達ができたってこと、誰かに自慢したかったなあ」


「ごめんよ」


「あ、謝らなくていいよ。こっちこそごめんね。テンちゃんのこと、ちゃんと秘密にするから」


 胸の前でブンブンと手を振る彼女。私を安心させようとしてくれているのだけれど、残念そうな表情が隠しきれていない。


 だからだろう。こんなことを口走ってしまったのは。


「まあ、あなたが大人になってからならいいよ。ただし、誰彼構わずっていうのはやめてほしい。教えるのは、あなたが人生で一番大切だと思う人にだけね」


 今、彼女は小学四年生。大人になるまでには十年ほどかかる。天狗の感覚的に十年なんて大した時間とは言えないが、少なすぎる時間というわけでもない。彼女が大人になる頃には、自分の正体を明かす恐怖心にも打ち勝てるようになっている……かも。


「人生で一番大切な人かー。やっぱり、お母さんかな?」


「どうだろう? あなたが産んだ子供っていう可能性もあるよ」


「えー。全然想像できないや」


 笑い合う私たち。周りに広がる暖かな空気が、私の中に流れ込んでくる。


 彼女との楽しい日々は、あっという間に過ぎて行った。本当に、あっという間に。


「テンちゃん。今度入学する中学の制服だよ。どうかな?」


「おー。似合ってるね」


 たくさん遊んで、たくさん笑った。


「うう。将棋って難しい」


「ふっふっふ。大切なのは慣れだよ」


 二人の間の時間は確実に流れ続けて。


「学校の先輩に振られちゃった……。ぐすっ……」


「よしよし。人生の先輩が慰めてあげよう」


 いつの間にか、彼女は大きく大きく成長していた。


「ねえ、テンちゃん」


「…………」


「私、仕事で地元から離れることになっちゃった」


「……そっか」

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