第95話 私と友達になってくれない?

「ごめんね。急に泣いちゃって。あなたの言葉が嬉しすぎてさ」


「うーん。私、そんなにいいこと言ったかな?」


 首をかしげる少女。大して特別でもないそんな行動が、どこか愛しさすら感じさせる。


「……ねえ、もしよかったらなんだけどさ。あなた、私と友達になってくれない?」


 自然と私の口から出た言葉。この子となら友達になれる。もう一度、人間の友達ができる。そんな確信が私の中にはあった。


 今にして思えば、何と不思議な光景だろう。人間の少女と天狗の私。違う生き物かつ果てしない年齢差。それなのに今、私は少女に向かって「友達になってくれない?」なんて言っている。


「友達?」


「そう。友達」


 断られたっておかしくない。だって、少女にとっての私は、得体のしれない存在なのだから。


「うん! いいよ!」


 けれど少女は、全く迷うそぶりもなくそう告げた。キラキラした瞳を私に向けながら。


「い、いいの?」


「もちろん! 私、天狗のお友達って初めてできたよ!」


 ああ……なんだろ、この気持ち。


 あったかくて。優しくて。同時に、モヤモヤとした霧の晴れるような、得も言われぬ気持ち。


 目尻が熱くなる。視界がじんわり滲みだす。再び泣くのを見られるのが恥ずかしくて、私は少女から顔をそらす。


 丁度その時。


蒼生あおいちゃーん! どこー?』


 遠くの方から確かに聞こえた女性の声。声の主は、きっと誰かを探しているのだろう。その誰かが目の前の少女であると気がつくのにそれほど時間はかからなかった。


「あなた、確か迷子だったよね。向こうの方から女の人の声が聞こえるよ。もしかしたらあなたのお母さんかも」


「え!? ど、どこ?」


 キョロキョロと辺りを見回す少女。少女には、女性の声は聞こえていないようだ。


「お母さんの所まで一緒に行こっか。体調どう? 立てそうかな?」


「う、うん。大丈夫」


 私の伸ばした手を少女が掴む。少し力を入れて引っ張ると、それにつられるように少女が立ち上がる。少女の背は私の胸くらいの高さ。きっとあと数年もすれば、私の背なんて越してしまうに違いない。何しろ、人間は天狗よりも成長が早いのだから。


「そういえばさ。あなたの名前、蒼生って言うんだね」


「え!? なんで知ってるの!? もしかして、それも天狗の力?」


「いやいや。あなたのお母さんの声が聞こえたからだよ。『蒼生ちゃん』って」


「あ、なるほど。天狗って、耳もいいんだね。羨ましいなあ」


 たわいもない話をしながら、手をつないで歩く私たち。この子を早くお母さんの所まで送り届けないと。そんな思いに相反して、もう少しゆっくり歩いていたいという思いがムクムクと湧き上がってくる。


「ねえ、どうして笑ってるの?」


 不意に、少女が私にそう尋ねた。


「え? 私、笑ってた?」


「うん。ほんのちょっとだけど」


「……そっか」


 数分後。私の目の前には、お母さんと抱き合って涙を流す友達の姿があった

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