第87話 当たりか

 他者との関わりを避けるために、森の中でひっそり生活することを選んだ私。だが、女性を目の前にした私の心は、とてつもなく高鳴っていた。まるで、初めて天狗の里を抜け出すことに成功したあの日のように。


「ちょうど暇しておったんじゃ。おぬし、よければわしの家に来てはくれぬか?」


 だからだろう。女性の提案に、私は自然と頷いていた。


「天狗の里は排他的じゃからな。異質なものを好まん。それがたとえ自分の家族であろうとも。わしは、そんな環境が気に食わなくて自分から里を出たんじゃ。まあ、おぬしはそういう事情ではないように見えるがの」


 木々の間をスタスタと歩く女性。着物を着た状態でよくそんなに歩けるものだと感心してしまう。何百年もここで生活していると言っていたし、もうこの森は、女性の庭のようなものなのかもしれない。


「どうして分かるんですか?」


 女性の後ろを歩きながら問いかける私。


「ふん。長年生きておるのにそれくらいのことが推測できなくてどうする。大方、おぬしが禁忌に触れたせいで里を追い出されたんじゃろ。例えば……人間と関わる、とかの」


「…………」


「当たりか」


「……はい」


 どうやら、女性には何もかもがお見通しらしい。まさかそこまで言い当てられるとは思ってもみなかった。目の前にある女性の背中が、隠し事なんて通用しないぞというオーラを発しているように感じる。


 私は、女性に向かってこれまでのことを語った。好奇心で里を抜け出したこと。大切な友達ができたこと。友達を助けるために天狗の力を使ったこと。友達にバケモノと言われたこと。天狗の里でひたすら責め立てられたこと。友達に会うことすらできず追い返されたこと。今まで一人ぼっちで生活してきたこと。


「……というわけで、つい昨日、この森に移り住んできました」


「ふむ。なるほど。あの里は相変わらずじゃ」


 心なしか、女性の声にはほんの少しの怒気が混じっていた。今でも女性の中では、里に対する嫌悪感が残っているのだろう。


 それから歩くこと数分。多くの木々に身を隠すようにして、一軒の小さな小屋が建っていた。一見するとかなりの年季ものだが、腐食や穴などは見えない。


「ほれ。ここがわしの家じゃ。入るがよい」


 ガタガタと木製の扉を開ける女性。彼女の後に続き、私も中に足を踏み入れる。


 目の前に広がる薄暗い部屋。中央には囲炉裏があり、ほのかに室内を照らしている。囲炉裏の傍には円座が一枚。そして、脚のついた大きな立方体。


 何だろうと思って立方体に近づく。立方体の上部には黒色の線が縦横に引かれており、加えて、文字の書かれた五角形の木片が整然と並べられていた。


「……将棋」


 私は、意図せずその名を口にしていた。

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