第85話 ただひたすらに前へ

 翌朝、天狗の里を追い出された私。絶望の中向かったのは、人間の里だった。


『来ないで!! このバケモノ!!』


 友達の言葉が脳裏に蘇る。


 今会ったとして、彼女はどんな顔をするのだろうか。人間ではない私を、隠し事をしていた私を、里を追い出された私を、彼女は温かく迎えてくれるだろうか。


 いや、迷っている暇なんてない。私には、もう頼れる人がいないのだから。彼女に見捨てられたら、私は……。


 森を抜けると、人間の里がすぐ目の前に見えてきた。私は、恐る恐る里に足を踏み入れる。初めてこの里を訪れた時のように、落ち着きなく歩みを進める。


 その時、道を歩く一人の男性と目が合った。畑仕事にでも行くのだろうか。男性は、大きなかごを背負い、手には鍬を携えていた。


「ん? お前……」


 立ち止まり、私の顔をまじまじと見つめる男性。


 次の瞬間。


「おい! あいつが来たぞ! 皆出てこい!」


 男性の大声が辺りに響き渡った。


「なんだなんだ?」


「バ、バケモノじゃ! バケモノが来たんじゃ!」


「あの子が言ってたやつか!」


「変な力を使うらしいぞ! 気をつけろ!」


「武器を持て! 丸腰じゃ、何されるか分からん!」


「女子供を匿え! 早く奴を里から追い出すんだ!」


 立ち並ぶ家々からぞろぞろと出てくる大人の男性たち。彼らは皆、一様に武器を手にしていた。包丁。鉈。木刀。その全てが、私に向かって突きつけられる。


 呆然と立ち尽くす私。動きたいのに、声を発したいのに、体が言うことを聞いてくれない。


 きっとあの後、彼女は、里の大人たちに私のことを話したのだろう。そこまで大きくない里だ。私のことは、一瞬で広まったに違いない。彼らにとって、私は里に現れた危険人物なのだ。彼女が私を温かく迎えてくれる。そんな幻想にすがろうとした自分が、酷く惨めに思えた。


「出ていけ! バケモノ!」


「ここはお前のようなバケモノが来るところじゃない!」


「里に害をなすつもりか! このバケモノ!」


 ああ。


 そっか。


 私、もう一人ぼっちなんだ。


 罵声を全身で受け止めながら、私は天狗の団扇を取り出し、地面に向かって振るう。吹き荒れる風。宙に浮く体。


「ひいい!」


 地面の方から怯えるような声が聞こえたが、気にしない。もう一度団扇を振るうと、再び風が吹き荒れ、私の体が前に進み始める。


 前へ。


 前へ。


 ただひたすらに前へ。


 空気が体を打ち付ける。手に持つ団扇を落としそうになる。それでも、私はスピードを上げ続けた。とにかく遠くへ行きたかったから。


「うう……ううう……うわああああああああああああああああん!!」


 泣き叫ぶ私の声を聞いた人はいたのだろうか。

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