第84話 なんてことだ!
どこをどう歩いて帰ったのかも分からない。気がついた時、私は、天狗の里にある鳥居をくぐっていた。フラフラと左右に揺れる体。グッショリと濡れた服。早く家に帰って休みたかった。休んで、頭を整理させたかった。
「お前だな。里を抜け出していたやつは。集会所に皆集まっているから来い」
どうやら、私は神様に見捨てられたらしい。
「里を抜け出して何をしていたんだ! 言え!」
「まさか、人間に我々のことを話したのではあるまいな!」
「真実を言うまで許しはせんぞ!」
私を待っていたのは、里の大人たちによる尋問だった。
いつの間にか、私が人間の里に行っていたことが、天狗たちの間で噂になっていたのだ。知られたのは、おそらく今日。もしかしたら、私が鳥居をくぐる所を誰かに見られていたのかもしれない。山の上にある鳥居なら、誰も使わないし見られない。そう思っていたのに。
心身ともに疲れ切っていた私。そこにさらなる追い打ち。私は、正常な判断力を失っていた。そして、話してしまったのだ。人間の友達がいることを。
「なんてことだ! この恥さらしめ!」
「人間と関わるなとあれほど教わったであろう!」
「貴様のような屑がこの里にいたなんて!」
私の周りを、大勢の大人たちが囲む。皆口々に、私に対して罵声を浴びせる。
ごめんなさい。許してください。もうしませんから。私は、涙を流しながら、謝罪の言葉を何度も何度も口にした。だが、それで許してくれるほど彼らは寛容ではなかった。
「どうしてあなたのような子を産んじゃったのかしら」
それは、呟くような小さな声。大人たちの叫びに紛れた、けれど一際はっきりと聞こえた声。
声の主に視線を向ける。そこにいたのは、私の母。憎しみのこもった眼差しが、私の体を貫いた。
「お母さん」
「あんたなんて産むんじゃなかった。このバカ娘」
「え……」
自分が何を言われているのか理解できなかった。母の口から、そんな言葉が出てくるなんて思いもしていなかった。
呆然とする私。きっと、あの時の私の顔には、絶望の二文字が浮かんでいたことだろう。
「皆の者、静まるのじゃ」
突然響き渡る声。集会所が、一気に静まり返る。
声の主は、里長。この天狗の里で、彼に逆らえる者は一人もいない。
「こやつが取り返しのつかないことをしたのは明らか。ここに集まった者全員がそう思っておるじゃろう」
里長の言葉に頷く大人たち。
「わしは、こやつをこのまま里に置いておくわけにはいかんと考えておる。里の秩序を守るための。というわけで、じゃ」
里長は、ゆっくりとしゃがんで私に視線を合わせる。眉間に寄った深いしわ。長いあごひげ。そして、こちらが怯えてしまうほどの鋭い目つき。
「おぬし、今すぐこの里から出ていけ。どこでも好きな所へ行き、そして野垂れ死ぬがよい」
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