第72話 ……ちょっと、考えてみます
「積もる話じゃ。まずは、天狗の里について説明するとしよう」
少しの間をおいて、師匠さんは語り始めました。
テンちゃんの過去。僕の知らないテンちゃんの姿。それが今、明らかになろうとしています。僕の心臓は、早鐘を打ち始めていました。
「詳しい場所までは教えられんが、とある里で天狗たちは集団生活を送っておるんじゃ。あやつもそこで生活しておった」
師匠さんの口から語られる一言一言。その全てを聞き逃すまいと、僕は、ほんの少し上半身を前に倒すのでした。
♦♦♦
それから……。
「ふう。なかなか良い時間じゃった。礼を言う」
玄関で草履を履き終えた師匠さん。着物の襟を正しながら、僕に向かって小さく頭を下げました。
「僕も、師匠さんと会えてよかったです。ありがとうございました」
「うむ。では、後のことはよろしく頼むぞ。あやつに使った天狗の力はすでに解除済みじゃ。おそらく、明日の朝には目を覚ますであろう」
「分かりました」
はて? 師匠さんは、一体いつの間に天狗の力の解除なんてことをしていたのでしょうか。僕の知る限りは……って、考えるだけ無駄なんでしょうね。僕はただの人間。天狗の力のことなんて、理解できるはずがないんですから。
「それにしても、あやつはよい縁に恵まれたものじゃな。どうじゃ。いっそのこと、あやつと恋仲になるというのは」
「ちょ!? なんで急にそんな話になるんですか!? 僕とテンちゃんは、ただの将棋仲間なんですよ!」
「それは重々承知しておる。じゃがの……」
僕の肩に優しく置かれる師匠さんの手。それは、思ったよりも小さくて、そして、得も言われぬ温かさを持っていました。
「あやつのことをもっと知りたいと思うのなら、関係を進展させるのも一手じゃぞ」
「関係を、進展させる……」
「将棋でも、思い切って踏み込んだ手を指せば、その先に別の景色が見えることがあるじゃろ。あれと同じじゃ」
母を介して知り合った僕たち。母の息子と母の友人。今は、毎日のように将棋を指す将棋仲間。この関係を進展させる。もしそれが、テンちゃんのことをよく知るためのきっかけになるのだとしたら……。
「……ちょっと、考えてみます」
僕がそう告げると、師匠さんは満足気に頷きました。
「では、そろそろ帰るかの。また時間ができたら来るとしよう。その時は、もっとゆっくり将棋を指したいものじゃ」
「はい。お待ちしてますね。次は絶対に勝ちますから」
「ふ。よい返答じゃな」
玄関扉を開ける師匠さん。扉の隙間から流れ込んできた風が、師匠さんの金色の髪をなびかせるのでした。
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