第71話 約束?

「さて、ずいぶん回り道をしたが本題じゃ。おぬし、あやつの過去をどこまで知っておる?」


 盤上の駒を全て片付け終え、居住まいを正した師匠さん。その口から飛び出したのは、僕の頭からすっかり抜け落ちていたもの。僕と師匠さんが将棋を指すきっかけになった質問でした。


「テンちゃんの……過去」


「そうじゃ」


 テンちゃんは今、師匠さんが放った天狗の力で眠っています。僕と師匠さんとの間に、割り込む人は誰もいません。


「……そんなには知りません。しいて挙げるなら、僕の母を助けて、友達になったってくらいですかね」


「はあ。やはり隠しておったか。あやつがおぬしの所に行きたいと言った時、約束したのじゃがな」


 そう告げる師匠さんの声は、すこし寂しそうに聞こえました。


「約束?」


「うむ。自分の過去をおぬしへ伝える。決して誤魔化さない。これが、わしとあやつがした約束じゃった。全ては、あやつ自身が過去と向き合うためじゃ。まあ、結果はおぬしも知っての通りじゃったが」


 思わず、僕の口から「あ」と声が漏れました。実は、ずっと疑問に思っていたのです。師匠さんは、どうしていきなりテンちゃんの過去を話題にしたのだろうと。そして、テンちゃんが誤魔化すことに対して、どうしてあんなに怒っていたのだろうと。


 全ては、師匠さんとテンちゃんとの間で、約束があったからだったんですね。


「テンちゃんの過去……か」


「知りたいかの?」


「え?」


 師匠さんの言葉に、ビクリと僕の肩が跳ね上がります。


「わしの口からではあるが、おぬしになら教えてやってもよい」


「ど、どうして、ですか?」


「きっかけはこれじゃ」


 そう言って指差したのは、目の前の将棋盤。師匠さんは続けます。


「そもそも、わしがおぬしと将棋を指したかったのは、おぬしがどんな人間なのか知るためじゃ。将棋を指せば、相手の人柄が何となく分かるからの」


「そう……だったんですね」


 まさか、師匠さんが将棋を通して僕の人柄を見ようとしていたなんて。全く思いもしませんでした。そういえば、以前、テンちゃんも言ってましたね。『将棋って、会話みたいなものだと思うんだ』って。


「おぬしなら、あやつの過去を知っても無下になどせんじゃろう。さっきの対局で、それがよく分かったわい」


「あ、ありがとうございます」


「む。反応が鈍いの。なんじゃ。おぬしはあやつの過去を知って、あやつを貶したりするつもりかの?」


「い、いえ! 絶対にそんなことしません!」


 テンちゃんを貶すなんて。そんなこと、できるわけがないじゃないですか。


「そうじゃろうな」


 僕の答えに、師匠さんは満足げに微笑むのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る