第65話 い、一年!?

「仕置きって……」


「こやつは、この期に及んでまだおぬしを誤魔化そうとしたからの」


 団扇をヒラヒラさせながら告げる師匠さん。その顔には、呆れたような笑みが浮かんでいました。


「あ、あの」


「なんじゃ?」


「こ、この後はどうするんですか?」


 僕は、恐る恐る師匠さんにそう尋ねました。


 師匠さんは天狗です。もしかしたら、人間の僕では想像もつかないような「仕置き」をする可能性だってあります。人間と天狗では、倫理観も違うでしょうからね。


 僕の質問に、師匠さんは、「そうじゃの……」と呟いて天井を仰ぎます。どうやら、具体的な内容までは考えていなかったようです。


「……まあ、わしも鬼ではない。そこまで重い仕置きはしないつもりじゃ。二、いや、もう少し抑えて一くらいかの」


「一?」


 数字の意味が分からず、僕は首をかしげます。


「そうじゃ。こやつには、一年ほど眠ってもらう」


 ……………………え?


「い、一年!?」


 僕の叫び声が、リビングいっぱいにこだまします。近所迷惑? そんなこと、今は考えている余裕なんてありませんでした。


「うむ。それくらいが妥当じゃろう」


「い、いやいやいや! 何ですか、それ!」


 決して詳しいわけではありませんが、天狗は人間よりも長生きです。だからこそ、時間に関しての考え方が違うのも理解できます。ですが、一年も眠らせるなんて明らかにやりすぎです。


「なに、心配しなくてもよいぞ。わしが使った力は特別での。いくら眠っても体に何の影響もないのじゃ。もちろん、餓死などあるわけがない」


「だ、だからって……」


「一年間はわしの家でこやつの面倒をみよう。おぬしに迷惑はかけないつもりじゃ」


 こともなげに言い放つ師匠さん。テンちゃんに対する思いやりなんて一切感じないその態度に、僕はグッとこぶしを握り締めました。


「僕への迷惑なんてどうでもいいです。一年も眠らせるなんておかしいですよ」


「……ほう。おぬしもわしに口答えか」


 師匠さんの鋭い瞳が、まっすぐに僕を捉えます。同時に、ユラユラとうごめき始める長い金色の髪。まるで、師匠さんの髪の毛一本一本が自我を持っているかのよう。これも天狗の力なのでしょうか。師匠さんのまとう確かな怒りの感情に、僕の中の恐怖心がさらに増すのを感じました。


 でも……。


 チラリとテンちゃんの方に視線を向けます。僕の目に映るのは、電池が切れたように床で眠るテンちゃん。どこか苦しそうな表情を浮かべた彼女からは、今にもうなされ声が聞こえてくるかのよう。僕をからかって、いなり寿司を美味しそうに食べて、楽しそうに将棋を指して。そんな、いつものテンちゃんとはかけ離れた姿が、そこにはありました。


「師匠さん、お願いです。テンちゃんのこと、許してあげてください」


 師匠さんに向かって、僕は頭を下げました。

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