第64話 バタン!
「自己紹介も済んだところで、おぬしに一つ質問じゃ」
「な、何でしょう?」
師匠さんからの質問。やっぱり、テンちゃんとの生活について聞かれるのでしょうか。先ほど、師匠さんは「弟子の様子を見に来た」と言ってましたからね。あ、学校にテンちゃんが不法侵入してることは黙っておかないと。
身構える僕に向かって、師匠さんはこう尋ねました。
「おぬし、こやつの過去をどこまで知っておる?」
「……え?」
テンちゃんの……過去?
「師匠!」
ガタンと何かが倒れる音。テンちゃんが、椅子から勢いよく立ち上がったのです。その顔には、今まで見たことがないほど険しい表情が浮かんでいました。
「なんじゃ。うるさいの」
「す、すいません、師匠。けど、その質問は……」
何かを言おうとしたテンちゃん。ですが、一瞬僕の方に視線を向けたかと思うと、グッとその言葉を飲み込んでしまいました。唇をかみ、体を震わせるその姿は、僕の心を不安で埋め尽くすには十分すぎるほどでした。
「ほう」
師匠さんの鋭く光る瞳。心臓をつかむかのような低く重い声。
「その様子じゃと、いろいろ隠し事をしておるのか。まったく」
「で、でも」
「口答えをするでない。どうせ、自分がこの町で暮らし始めた理由も誤魔化しておるんじゃろ」
「う……」
テンちゃんがこの町で暮らし始めた理由。それを、僕は知っています。テンちゃんと初めて会ってから一週間後。僕の隣の部屋に引っ越してきたテンちゃん自身が語っていたこと。
『一週間前に君とやった将棋、すごく楽しかったんだ。あんなに楽しい将棋は久しぶりでさ。本当はもっともっと君と将棋がしたいけど、遠距離に住んでるままじゃなかなか難しいよね。というわけで、近くに引っ越そうって思ったわけ』
目眩がするほどのとんでもない理由。いまだに僕の脳にこびりついているテンちゃんの言葉。当時の僕は、それを疑いもしませんでした。僕の想像以上にテンちゃんは将棋好き。そんな安易な結論で終わらせたままにしていました。
けれど……。
「ま、待ってください」
「ん? どうしたのじゃ?」
「誤魔化しってどういうことですか?」
「誤魔化しは誤魔化しに決まっておろう。こやつのことじゃからな。どうせ、おぬしと将棋が指したいからこの町で暮らすとか言っておるんじゃろ。まさしく滑稽じゃ」
師匠さんは、呆れたようにテンちゃんを見ながらそう言いました。
「……テンちゃん。今の話、本当ですか?」
「ち、ちが! わ、私、誤魔化してなんかないよ!」
「そう、ですか」
「信じて! 私、君との将棋が楽しくて…………あ」
バタン!
何が起きたのか、一瞬理解できませんでした。
「テンちゃん!?」
必死な形相で弁明しようとしていたテンちゃん。ですが、その言葉を言い終わる前に、テンちゃんはその場に倒れてしまったのです。まるで、体の電池が急に切れてしまったかのように。
「て、テンちゃん! 大丈夫ですか!?」
「心配ない。眠らせただけじゃ。仕置きのためにな」
机の向こうから聞こえる師匠さんの冷静な声。見ると、その手にはテンちゃんが持っているものと同じ団扇が握られていました。
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