第62話 夜分遅くにすまんの
「じゃあ、また後で」
「了解です。待ってますね」
テンちゃんが隣の部屋に入るのを見届けた後、帰宅した僕。スタスタと台所へ向かいながら、今日の献立を考えます。
たぶん、テンちゃんがいなり寿司を差し入れで持ってきてくれるから、味噌汁は作るとして。メインは生姜焼きにしようかな。ちょうど、昨日は魚だったし。あとは……。
ピンポーン。
……ん?
突然鳴るインターフォン。こんな時間に来客なんて珍しいものです。一瞬、テンちゃんが来たのかなと思いましたが、すぐにその可能性はないと気付きました。テンちゃんなら、インターフォンを鳴らさずに入ってくるでしょうしね。
「はーい」
玄関まで戻り、僕は扉を開けます。何かの勧誘なら断ろう。そんなことを考えながら。
「……えっと」
扉を開けた先にいた人物。その姿に、僕は思わず言葉を詰まらせてしまいました。
長い金色の髪。相手を睨むかのような鋭い目つき。水色の着物に花柄をあしらった帯。勧誘なんて生易しいものではない、異様という言葉がピッタリの女性。
「夜分遅くにすまんの」
女性の口から発されたのは、重みを感じる低い声。
「い、いえ。だ、大丈夫、です」
上手く言葉が出てこない僕。頭の中は、目の前の女性に対する恐ろしさでいっぱいになっていました。
「……おぬし、怯えすぎではないかの?」
「お、おおお怯えてなんていませんよ」
バレてる……。
「明らかに怯えておるじゃろ。まあよい。人間というのは、すべからく理解の及ばないことに対して恐怖するものじゃ」
ふんっと鼻を鳴らしながら、女性はそう告げました。もともと鋭い目つきが、さらに鋭くなったように感じます。
「す、すいません」
「謝らずともよい。そんなことより、わしはおぬしとゆっくり話がしたいんじゃ。中に入れてはくれぬかの?」
「……え?」
思いもよらない女性の言葉に、僕の体が一瞬硬直します。
話をする? やっぱり、何かの勧誘? でも、そんな風には全然見えないし。ここで断ったら何されるか……。いや、だからって……。
思考を巡らせる僕。女性に対する恐怖が邪魔をして、上手く考えがまとまってくれません。ですが、早く答えなければ、女性の機嫌を損ねてしまうでしょう。
「そ、その……」
「…………」
「あの……」
「…………」
女性は、無言で僕を見つめていました。早く何か言わないか。そんな迫力を醸し出しながら。
ああ、もう……誰か助けて……。
僕が神様に願った時。ガチャリと扉を開ける音が聞こえました。
「ふんふんふーん。あれ? 誰かお客さ……………………は?」
音のした方に視線を向けると、そこには大きな容器を抱えたテンちゃんが。きっと、いなり寿司を持って僕の部屋に行こうとしていたのでしょう。テンちゃんは、僕の目の前にいる女性を見て、目を丸くしていました。
「なんじゃ。ずいぶん早かったのう」
女性は、テンちゃんに向かって親し気に声を掛けます。まるで、テンちゃんとは旧知の仲であるかのよう。
「し、師匠!? な、なんで!?」
テンちゃんの叫び声が、辺り一帯にこだましました。
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