第61話 怖い事言わないでくださいよ
「うーむ」
「どうしたんですか?」
「いや、どうやったら、あの子を君の部屋に連れて来れてたのかなーと思ってね」
腕組みをしながら首をひねるテンちゃん。どうやら、
あの後、天霧さんは、「い、今はまだハードルが高いから」と言って、テンちゃんの誘いを断ってしまったのでした。まあ、事前の約束もなくいきなり知人の家に行くというのも難しいですよね。しかも夜に。
「テンちゃん、そんなに天霧さんとも将棋が指したかったんですね」
今日の将棋教室でも何度か対局していた二人。それなのに、夜も僕の部屋で将棋を指そうだなんて。なんだか、僕たち三人の間で、将棋の輪が深まっているようで嬉しくなっちゃいます。
「あー。それもあるけど……」
「?」
「鈍感君には分かんないかー」
テンちゃんは、肩をすくめながら、「はー」とため息をつきます。テンちゃんが何を考えているのかさっぱりですが、呆れているのは確かです。それも、僕に対して。
「テンちゃん、どうしてそんなに呆れてるんですか?」
「いやいや。こういうのは自分で考えないと。って、前も同じようなこと言った気がするな」
「むう……」
そんなやりとりをしながら、家路を急ぐ僕たち。薄暗さは時間を追うごとに増していき、街灯が道を明るく照らします。通りに面する家々からは、テレビの音や笑い声が漏れ聞こえてきます。時折、何かを焼く良い香りが鼻腔をくすぐりました。
コミュニティセンターを出発して十数分。僕たちの暮らすアパートが見えてきた丁度その時。
「ん?」
突然立ち止まるテンちゃん。辺りをキョロキョロ見まわしたかと思うと、「気のせいかな?」と呟きます。
「テンちゃん?」
「ごめん。気のせいだったみたい」
「はあ……」
「なんか、急に背中がゾクッてしちゃってさ。もしかしたら誰かに見られてるのかも……なんて」
「ちょ。怖い事言わないでくださいよ」
「あはは。ごめんごめん」
カラカラと笑い、テンちゃんは再び歩き始めます。先ほどよりもほんの少し早足で。
「にしても、それって『虫の知らせ』ってやつですかね?」
テンちゃんと同じく歩調を速めながら、僕はそう問いかけました。
「だろうねー。といっても、大体は勘違いだったり、杞憂だったりってことが多いんだけどさ。だから大丈夫だよ」
「なるほど。それなら安心ですね」
この時の僕はまだ知りませんでした。まさか、あんなことが起こるなんて。
『やれやれ。気配を消しているとはいえ、わしがいることに気付かんとは。あやつもまだまだじゃのう』
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