第四章 困惑! 天狗少女

第60話 今日は何時までやろっかなー

 土曜日の夕方。コミュニティセンター大会議室。


「いやー。片付け手伝ってくれてありがとう。すごく助かったよ」


 将棋教室で使った駒を箱に入れながら、先生はそう言いました。


「先生、もう手伝うことはないですか?」


「大丈夫。後は私がやっておくから。二人もありがとうね」


 僕の後ろに向かって声をかける先生。それに応じるように、ホワイトボードの片付けをしていたテンちゃんと天霧あまぎりさんが顔を向けます。先ほどまで、詰将棋や将棋大会の情報など、いろいろな紙が掲示されていたホワイトボード。今はそこに何もありません。おそらく、丁度片付け終えたところなのでしょう。


「せ、先生。こ、この紙はどうすれば?」


「あー、そこに置いておいて。そんなことより、三人とも遅くなる前に帰りな」


「わ、分かりました」


 先生に挨拶をして、僕たち三人は大会議室を後にしました。靴を履き替え、コミュニティセンターの外へ。ガタガタといびつな音を立てながら開く自動ドアの先に広がっていたのは、ぼんやりとした薄暗さ。空は赤く染まり、通りではライトを光らせる車が行き交っています。


「よし。帰ったら将棋するぞー。君、いいよね?」


 握り拳を空に突き上げながら告げるテンちゃん。将棋教室が終わったばかりなのに将棋とは。テンちゃんの将棋好きは、本当にとどまることを知りません。


「了解です。準備して待ってますね」


「ふっふっふ。今日は何時までやろっかなー」


「……あんまり遅い時間はやめてくださいよ」


 将棋に夢中になりすぎて、気が付いたら日付をまたいでいたのはいい思い出です。……まあ、昨日のことなんですけど。


「い、いいなあ」


 不意に、僕の横からそんな呟き。見ると、天霧さんが僕の顔をじっと覗き込んでいました。


「天霧さん?」


「あ、ご、ごめん。な、なんでもない」


 顔をそらしながら、焦ったようにうつむく天霧さん。紺色フレームの眼鏡を外し、ハンカチでレンズの汚れを拭き始めます。まるで、何かを誤魔化しているかのよう。


「お。どうせならあなたも来る? 彼の部屋」


「ふえ!? そ、そんな急に……へ、部屋に……なんて……」


 八重歯を見せながら笑うテンちゃんと、顔を真っ赤にする天霧さん。そういえば、ついこの前も同じような光景を見たような気がしますね。


「恥ずかしがることないのに―」


「い、いきなりは……こ、心の準備が……」


「むう。あなたは相変わらずだねー。一方は鈍感で一方は奥手って。いやはや。早く進展してもらいたいもんだよ、まったく」


 テンちゃんは、呆れたように肩をすくめます。けれど、その表情はとてもとても楽しそうでした。

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