第57話 それはそれで結構恥ずかしい

 翌日。


 商店街の中央通り。その入口からすぐの所に、『てつ』は店を構えています。


 いつもは店の外にお客さんが並んでいることが多いのですが、今は一人も並んでいません。やっぱり、お昼時を避けて正解でしたね。


「じゅるり。ふっふっふ。楽しみだなー」


 テンちゃんは、「いなり寿司祭り」と書かれたのぼりを見ながら、口元を緩めていました。


「さて、入りましょう」


「りょうか……いや、ストップ」


「テンちゃん?」


 店の中に入ろうとする僕の服をつかむテンちゃん。一体どうしたというのでしょうか。


「私たち、カップル割引使うよね」


「そ、そうですね」


「じゃあ、手とかつないでおいた方がいいのかな」


「んな!?」


 テンちゃんと手をつなぐ。それを想像してしまった僕の顔が、急激に体温を増していきます。きっと今、僕の顔はトマトのように真っ赤になっていることでしょう。


「べ、別に、普通にしてればいいんじゃないですか。といいますか、テンちゃん。また僕をからかってますよね」


「いや、からかってるつもりはないんだけど」


 テンちゃんは、いたって真面目な顔でそう告げました。どうやら、本当にからかっているのではなさそうです。いつもの八重歯も見えてませんしね。


「だ、大丈夫だと思いますよ。カップル割引って口頭で言えば……」


 ……あれ? それはそれで結構恥ずかしい。


「ならいっか。よーし。たくさん食べるぞー」


 平然とした様子のテンちゃん。なんだか、自分だけが恥ずかしさを感じていて馬鹿みたいです。


 今日はカップルっていう設定なんだし……もっと、こう……いろいろ意識してくれてもいいのになあ……なんて。


「……行きましょうか」


「ん? 君、なんか様子が変だよ」


「別に何ともないですよ」


「ふーん。そっか」


 そんなやりとりをしながら、僕は店の扉を開けました。漂う魚の香り。木材を基調とした内装と、煌々と照り輝く白熱灯。中にはお客さんが数組。彼らは皆、笑顔で話をしながら、寿司をつまんでいました。


「らっしゃい!」


 店に入ってきた僕たちに、カウンター越しから店主さんが声を掛けます。見た目の年齢は六十歳くらい。ニコニコと気さくな笑顔を浮かべる姿は、昔見た光景と全く変わりません。


「えっと……二名なんですけど、大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ。お。もしかして、高校生のカップルかい? いいねー。青春だねー」


 そう言ってカラカラと笑う店主さん。自分の顔が、また熱くなるのを感じます。横に視線を向けると、そこには無言で微笑むテンちゃん。相変わらず、恥ずかしがっている様子はありません。これが人間と天狗の差というやつなのでしょうか。それとも、年の功というやつなのでしょうか。まあ、僕、テンちゃんの実年齢知らないんですけど。


「今日はいなり寿司祭りだからね。いろんないなり寿司、用意してるよ。ほら。そんなところに突っ立ってないで、どこでも好きな所座って」


「は、はい」


 言われるがまま、僕たち二人は、カウンター席に腰を下ろしました。

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