第56話 バレたか

「げ、現実?」


「うん」


「い、いやいや。そんなわけ」


 そう言いながら、僕は、試しに自分の頬を引っ張ってみました。二本の指につままれた頬からは、はっきりとした痛みが伝わってきます。どうやら、本当に夢ではなさそうです。


「ねえ、君」


 僕を呼ぶテンちゃんの瞳は、ウルウルと潤んでいました。まるで、昔読んだ漫画に登場していた、恋する乙女のように。


「は、はい」


「答え、ちゃんと聞きたいな」


「こ、答えって。そ、その……」


「…………」


「ぼ、僕は……」


 言葉に詰まる僕。だって仕方がないじゃないですか。まさか、いきなりテンちゃんから告白されるなんて、思ってもみなかったのですから。ですが、ここで答えを出さないなんて、男として失格です。テンちゃんの気持ちを考えずにはぐらかそうものなら、僕は明日から、胸を張って空を見上げることができなくなってしまうでしょう。


 さあ、早く答えを出さないと。ほら。テンちゃんも、僕を待ってくれてます。今にも笑い出しそうになりながら…………って、え?


「テンちゃん」


「な、何かな……ふふ」


「からかってます?」


「…………」


「…………」


「バレたか」


 いたずらっ子のように笑いながら、真っ白な八重歯を覗かせるテンちゃん。


 その瞬間、僕の口から、かつてないほど大きなため息が飛び出します。同時に、体の力が抜け、とてつもない疲労感が押し寄せてきました。


「もう。からかわないでっていつも言ってるじゃないですか」


「ごめんごめん。つい」


「男の純情をもてあそぶなんて、ついやっていいことじゃないですって」


 テンちゃんがからかい好きなのは知っていましたけど、今回のはさすがにやりすぎです。抗議の意を示そうと、僕はテンちゃんに背中を向けました。


「あ。き、君。も、もしかして、怒っちゃった?」


 僕の背後から、テンちゃんの焦る声が聞こえます。いつもの僕なら、テンちゃんのからかいをなあなあで済ましていますからね。これまでとは違う僕の反応に、テンちゃんも困惑しているのでしょう。


「これで怒らないと思いますか? あーあ。『いなり寿司祭り』、一緒に行こうと思ってたのになー」


「え?」


「もう行く気なくしちゃったなー」


「ま、待って!?」


 そんな叫びとともに、テンちゃんは僕の服をグイグイと引っ張ります。「許して―」と連呼するその声は、今にも泣き声に変わりそう。僕の目にテンちゃんの顔は映っていませんが、何となく表情が想像できてしまいます。きっと、さっきとは違う理由で瞳が潤んでいるに違いありません。


 テンちゃんに背中を向ける僕。僕の背中にすがりつくテンちゃん。いつもの和室で、いつもとは異なるやりとりが繰り広げられるのでした。


 そして数分後。


「反省しました?」


「も、もちろん」


「はあ。仕方ないですね。許してあげます」


 わざとらしくため息をつきながら、僕は体の向きを元に戻します。僕の予想通り、テンちゃんは泣きそうな表情を浮かべていました。


「じゃ、じゃあ。『いなり寿司祭り』は……」


「一緒に行きましょうか」


「やった!」


 両手を上げて喜ぶテンちゃん。喜びを爆発させるなんて言葉を聞いたことがありますが、まさにこういう姿のことを言うんでしょうね。


「これに懲りたら、もう僕をからかわないでくださいよ」


「…………」


 まさかのここで無言!?

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