第53話 今行きまーす
結局、あの後すぐに二回戦開始の知らせが入り、
といいますか、天霧さんがあんなに怒っているのを見たのは久々です。やっぱり、自分が頑張って対局しているのに、僕とテンちゃんが応援にも行かずにソファーで休んでいたっていうのが原因でしょうね。テンちゃんには、「もっと他の理由も考えてごらん鈍感君」なんて言われちゃいましたけど……。
そんなこんなで開始された二回戦。初戦で負けた僕はもちろん出番なし。天霧さんは初戦で勝っていたので対局がありましたが、終盤でミスをしてしまい惜しくも敗北。僕たち三人は、午前中のうちに帰路につくこととなったのです。
「じ、じゃあ、私はこっちだから。き、今日はお疲れ様」
「お疲れさま、天霧さん」
「お疲れー」
学校近くの大通り。家の方角が違う天霧さんとはここでお別れ。道中、天霧さんは、僕とテンちゃんに何かを聞きたそうにしていました。けれど、最後までそれは分からないまま。まあ、そもそもが僕の勘違いかもしれませんが。
「……恋する乙女ってのも大変だね。いや、今回は私が悪いんだけどさ」
「テンちゃん、何か言いました?」
「別に。さて、私たちも帰ろっか」
「はい」
アパートまでの道のり。横に並んで歩く僕とテンちゃん。ふと思い出したように交わされる会話。その内容に、深い意味なんてありません。ですが、それがなぜか心地いい。
「今日帰ったら、一緒にお昼ご飯食べて将棋しない?」
「え? テンちゃん疲れてるでしょうし、休んだ方がいいんじゃ?」
「なんのなんの。人混みから解放された私は無敵だよ。というか、大会中は対局の様子を見てるだけだったから、消化不良なんだよね。やっぱり、将棋は自分で指してこそだと思うんだ」
そう言いながら、テンちゃんは、右手の握り拳を空に向かって突き上げます。元気はつらつ。そんな言葉が、僕の脳裏をよぎりました。
「そういうことなら、いいですよ。あ、でも、無理はしないでくださいね」
「分かってるってー。君は相変わらず心配しすぎだよ」
バシバシと僕の背中を叩き、笑みを浮かべるテンちゃん。心なしか、その歩く速度は先ほどよりも速く感じます。よほど将棋を指すのが楽しみなのでしょう。
そんなテンちゃんを見ていると、思わずこっちまで笑顔になってしまいそうです。いや、もうすでになっているかもしれません。
「……そうだ」
立ち止まる僕。その場で、ゆっくりと顔を上に向けます。視界の先には、雲一つない青空。きっと今、空の上から、僕の表情はよく見えるはず。
『私が死んで天国に行ったとしてね。その後、この子が空を見上げて生きてくれてたらさ。空の上からこの子の顔がよく見えるかなって』
お母さん、ちゃんと見えてる? 僕の顔。
「おーい。君、何してるのー? 置いていくよー」
「あ、今行きまーす」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます