第52話 ご褒美?

「当たり前じゃないですか」


「……当たり前」


「はい」


「……嘘じゃない?」


「もちろんです」


「……そっか。よかった」


 そう言って、テンちゃんは、安心したように微笑みました。


 僕は、ホッと胸をなでおろし、ソファーの背もたれに体重を預けます。体の力が抜けると同時に、一気に押し寄せてくる疲労感。思わず、天井を見つめながら「ふー」と大きな息を吐いてしまいました。


「君もだいぶ疲れてるね」


「ですね。対局でかなり頭使っちゃいましたから」


 プロの世界では、一局の将棋が終わるごとに、疲労で体重が数キロ減ることもあるそうです。さすがにそれほどまでとはいきませんが、しばらくゆっくりしていたいですね。


「……ふむ。じゃあさ」


「?」


「疲れてる君にご褒美あげる」


「ご褒美?」


 僕がテンちゃんの方に顔を向けるとほぼ同時。伸ばされるテンちゃんの手。そして、僕の頭に柔らかい感触。


「……へ!?」


「よしよし」


 まるで幼い子供を慰めるかのように、テンちゃんは、優しく優しく僕の頭を撫で始めました。


「な、な、な」


 急上昇する顔の温度。自分からは見えませんが、おそらく耳まで真っ赤になっていることでしょう。だって、仕方がないじゃないですか。いきなり頭を撫でられるなんて想像もしてなかったんですから。


「頑張ったね。本当に頑張った」


「や、やめてくださいよ!」


 必死に抵抗の言葉を口にする僕。そんな僕を見て、テンちゃんは、真っ白な八重歯を覗かせながらニンマリと笑います。


「やめろって言う割には、素直に撫でられてるね。もしかして、頭撫でられるの好きなの?」


「そ、そんなわけ……」


「ふふふ。もっと撫でてあげよう。よーしよしよしよし」


「だ、だからやめてくださいってばー」


 口では抵抗しながらも、テンちゃんの手を受け入れてしまう僕。一体なぜ?


 先ほどのシリアスな雰囲気はどこへやら。僕をからかうテンちゃんと、テンちゃんにからかわれる僕。いつも通りの光景がそこにはありました。


「君、いい髪質してるねー。ずっと撫でたくなっちゃうよ」


「うう。さすがにそろそろやめてもらいたいんですけど」


「やめないよー。君が全然嫌がってないからね。ほら。わしゃわしゃわしゃ」


「ううううう」


「な、何してるの。ふ、二人とも」


 その時、聞き慣れた声が僕たちのすぐ近くから聞こえました。大きく跳ねる僕の心臓。ゆっくりと声のした方に顔を向けると、そこには、体をフルフル震わせる天霧あまぎりさんが。


「あ、天霧さん! ど、どうしてここに?」


「ど、どうしてって。た、対局が終わったから、立花たちばな君たちを探してたんだよ。そ、そしたら、二人が……」


 天霧さんは、僕とテンちゃんの間で視線をさまよわせます。気のせいでしょうか。天霧さんの体の震えが、先ほどよりも大きくなっているような……。


 これ、確実に怒ってる! 


「あちゃー。修羅場ってやつだ」


 僕の隣で苦々しい表情を浮かべながら、テンちゃんはそんなことを呟いていました。

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