第42話 君は嬉しい?

「むう」


 対局終了。結果は僕の大敗。僕の王様の周りには、もう味方の駒がしか残っていません。対照的に、テンちゃんの王様の周りには、きんぎんがどっかりと居座り王様を守っています。実力の差。それをありありと表すような盤面がそこにはありました。

 

 はてさて、僕がテンちゃんに負けたのはこれで何回目でしょうかね。二十回からは数えなくなっちゃいましたけど。


「ふっふっふ。まだまだだね」


「うーん。攻めが下手すぎました」


「確かに君が無理攻めしたっていうのもあるけど、どちらかというと敗着は守りの方かな?」


 パチパチと駒を並べ直すテンちゃん。数秒後、盤上には、僕とテンちゃんの歩がぶつかった局面が。


「ここですか?」


「そう。ここで歩を取っちゃったからね。それよりは、飛車ひしゃをこっちに移動させた方がいいかも」


「……あー。確かに。すごいですね、テンちゃん」


「褒めても何も出ないよー」


 そう言って、テンちゃんは嬉しそうに微笑みました。その口元から顔を覗かせるのは、見慣れた真っ白八重歯。


 僕は、ふーっと息を吐きながら、両手を後ろについて上半身をそらします。視界に映るのは、和室を照らす蛍光灯。つい先日交換したばかりのそれは、煌々と強い光を放っていました。


「こんなんじゃダメですね。次の大会、せめて一勝したいんですけど」


「そこは『優勝したい』とかじゃないの? 目標は大きく持とうよ」


「あはは。無理ですよ、僕の実力なんかじゃ。僕が出るクラスは、強い人ばかりなんですから」


 今度の大会では、実力によって出場できるクラスが決まっています。級位者が出場するBクラス。初段~三段が出場するAクラス。四段以上が出場するSクラス。


 僕は初段を持っているので、Aクラスに出場することになります。といっても、初段の中にも格差といいますか、レベルがあります。僕は、初段の中でもかなり弱い部類に入るのではないでしょうか。


「そっか……いろいろ難しいね」


「難しいです」


「……君、一つ聞きたいんだけど」


「何ですか?」


「もし大会で一勝できれば、君は嬉しい?」


 テンちゃんから告げられた唐突な質問。僕はその意図が分からず、思わず「え?」と声を漏らしてしまいました。いつにもまして真剣な様子のテンちゃん。その瞳の奥に映る僕は、今どんな顔をしているのでしょうか。


「えっと。まあ、嬉しいですよ。強い人に勝てるわけですから」


「ふむ。嬉しい、ね」


「は、はい」


「分かった」


 大きく頷くテンちゃん。その手には、いつの間にかあの特徴的な団扇が握られていました。


「て、テンちゃん?」


「そい!」


 そんな掛け声とともに、団扇を振るうテンちゃん。室内にフワリと漂う風。そして現れる、三つの将棋盤とそこに並べられた駒たち。


「うわ! な、何ですか、これ?」


「今、幻術で、君に『次の一手問題』を三問見せてる。ヒントはあげないから、それぞれ次の一手を考えてみて。制限時間は五分ね。あ、解き終わったら、次の三問出すから」


「ちょ! て、テンちゃん。急にどうしたんですか?」


 突然の展開に理解が追い付いていない僕。そんな僕に向かって、テンちゃんは拳を前に突き出しながらこう言いました。


「今日から大会まで、こうやって特訓するよ! さあ、早く問題を解いて!」








 …………どうしてこうなった。

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