第41話 実は私

 夜。僕の部屋の和室。


「大会?」


「はい」


 将棋盤の上に駒を並べながら、僕は、目の前のテンちゃんにとある大会の話をしました。


 その大会とは、再来週の日曜日に開かれる新聞社主催の大会。出場資格などは特になく、参加費を払いさえすれば誰でも参加可能。大人から子供まで、将棋好きの人たちが大勢そろうのです。ちなみに、僕や天霧あまぎりさんも毎年のように参加しています。


「なるほどねー。うーん」


「あれ? あんまり気乗りしませんか?」


 将棋好きのテンちゃんなら、目を輝かせながら「絶対行く!」というに違いない。そんな僕の予想とは反して、どうにも煮え切らない様子のテンちゃん。一体どうしたというのでしょうか。


「行ってみたい気持ちはあるんだけどね。けど、実は私、今まで大会とか参加したことなくてさ」


「え!? 意外ですね」


 てっきり経験豊富かと思ってたのに……。


「あはは。まあ、人混みがちょっと苦手なんだよ。ほら、将棋大会って、一つの部屋の中でたくさんの人が対局してるイメージあるし」


「あー。確かに」


 参加人数や会場の広さにもよりますが、基本的にはテンちゃんのイメージは間違っていません。人が多すぎる時などは、足を踏み出す度に誰かと体がぶつかるなんてことも。今回開かれる大会も、例外ではないのです。


「どうしようかなー」


 駒を並べる手を止め、腕組みをしながら悩むテンちゃん。


「大会は再来週ですし、今すぐ返事しなくてもいいですよ。にしても、テンちゃんが人混み苦手だなんて知りませんでした」


「まあね。言う機会もなかったし」


 人間以上に長生きをし、人知を超えた力を持つ天狗。ですが、そんな存在であったとしても、人間と同じような部分も多く持っている。テンちゃんと知り合ってから、それを何度感じてきたことでしょうか。


「ちなみに、人混みが苦手になるきっかけって何だったんですか?」


 それは、たわいもない質問。深い意味などない、ただ気になったというだけのもの。


 ですが、僕の言葉を聞いたテンちゃんは、腕組みをしたままピクリとも動かなくなってしまいました。その表情は見たことがないほどに険しく、思わず息をのんでしまう僕。


「て、テンちゃん?」


「…………」


「あ、あの……」


「ん? ああ、ごめん。ちょっとボーっとしてたよ。で、何だっけ?」


 そう口にするテンちゃんの顔には、もう先ほどの険しさは残っていませんでした。ほんの少したれた目が、僕のことを優しく見つめています。


「い、いえ。な、何でもないです」


「……そっか。おっと。駒を並べてる途中だったね。早く並べよう」


「で、ですね」


 言われるがまま、僕は盤上の駒を手に取り、定位置に打ち下ろします。マスの中央に置いたはずの駒。ですが、そこから手を離した時、駒の向きがほんの少しだけ歪んでしまうのでした。

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