第40話 僕、テンちゃんに……

「で、ここの式にこっちで出た答えを代入して……」


 昼休みが終わってからの四時間目。数学の授業。どうにもこの時間は眠くなって仕方がありません。気を抜くと、あっという間に瞼が閉じてしまいそうです。加えて、女性の数学教師が発する淡々とした声が、ますます瞼を重くしていきます。


 そんな僕とは対照的に、教室前方にいる天霧あまぎりさんは全く眠そうに見えません。ピシリと背筋を伸ばして黒板を見つめるその後ろ姿は、僕に「寝ちゃだめだよ」と訴えているかのよう。


 よし。こういう時は、眠気覚ましに何か楽しいことでも考えて……。


 その時、脳裏によみがえるテンちゃんの言葉。


『実は私、推薦でこの学校に入ったんだけど、入試で五教科全部満点取っちゃってね。授業に出なくてもいい「特別待遇生徒」ってことになってるんだ。君たちとご飯食べるために、昼休みだけ登校してるけどね』


 もし本当に、テンちゃんがこの学校の生徒だったら。僕たちは、どんな学校生活を送っていたのでしょうか。


 一緒に授業を受けて。何の気兼ねもなくお昼ご飯を食べて。休み時間には将棋をして。学校が終わったらたわいもない話をしながら帰宅して。


 真剣な表情のテンちゃん。僕と天霧さんをからかうテンちゃん。ワクワクした様子で将棋盤を取り出すテンちゃん。


 脳内に浮かぶいろいろな想像。いつの間にか、僕の眠気はどこかへ吹き飛んでしまっていました。


 あ、テンちゃんのことだから、「将棋部作りたい!」とか言ったりするかな?


 ―――くん。


 そうなったら、天霧さんも誘って、三人で放課後に将棋指すんだろうな。いや、もしかしたら、新しい将棋仲間ができちゃったり。


 ―――ばなくん。


 全員で高校生大会に出場して。たぶんテンちゃんなら優勝できるんじゃ……って、あれ? そういえば、僕、テンちゃんに……。


立花たちばな君!」


「は、はい!」


 我に返った僕の視界に映ったのは、こちらを睨む数学教師の姿でした。


「立花君、さっきから呼んでますよ。ボーッとしてないでちゃんと授業を受けてください」


「す、すいません」


「まあ、いいです。立花君。この式の答えを言ってみなさい」


 ビシリと黒板を指差す彼女。いつの間にか、黒板にはよく分からない数式が書かれていました。とっさに答えることができず、「え、えっと」と声を漏らすことしかできない僕を見て、彼女は小さくため息をつきます。


「じゃあ、立花君の代わりに天霧さん」


「は、はい。X=9です」


「正解です。さすがですね」


「あ、ありがとうございます」


 むう、やっちゃったなあ。とりあえず、授業はちゃんと受けないと。


 そう決心して、黒板に向き直る僕。ですが、そんな僕の頭の中には一つだけ、授業とは全く関係のない疑問が浮かんでいました。


 僕、テンちゃんにあの大会のこと伝えたっけ?

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