第39話 特別待遇生徒

「私に何年も何組もないよ。だって私は、特別待遇の生徒なんだから」


「「へ?」」


 重なる二つの間抜け声。その主は、僕と天霧あまぎりさん。


「驚くのも無理はないよね。特別待遇の生徒なんて、学校の中でも一部の先生しか知らないんだから」


 いつにもまして自信満々な口調で、テンちゃんは答えます。


「と、特別待遇の生徒って何ですか?」


「特別な待遇で入学した生徒のことだよ」


「そ、それは分かるんですけど」


「これ、見てごらん」


 そう言ってテンちゃんが胸ポケットから取り出したのは、一枚の小さな紙でした。そこには、『特別待遇生徒』という文字とともに、テンちゃんの顔写真が載せられています。いつの間にこんなものを用意していたのでしょう。


「実は私、推薦でこの学校に入ったんだけど、入試で五教科全部満点取っちゃってね。授業に出なくてもいい『特別待遇生徒』ってことになってるんだ。君たちとご飯食べるために、昼休みだけ登校してるけどね」


「え、ええ……。そ、そんなことができちゃうんですか?」


「ふっふっふ。それができちゃうのが『特別待遇生徒』なんだよ」


 不敵な笑みを浮かべながら、チラリと八重歯を覗かせるテンちゃん。


 テンちゃんの言う『特別待遇生徒』。実のところ、そんなものが存在しないということは分かり切っているのです。だって以前、テンちゃんは、自分が学校に不法侵入していることを認めていたんですから。テンちゃんが今着ている制服だって、学校に不法侵入するために自作したものですからね。


 けれど今、僕の頭の中には、「テンちゃんの言っていることは本当なのでは?」という考えが生まれていました。事情を知っている僕でさえそう考えてしまうほど、テンちゃんは得意気に語っていたのです。まるで、嘘なんて微塵もついていないかのように。


 テンちゃん、とっさに誤魔化すの下手な人だと思ってたんだけどなあ。いや、もしかしたら、結構前から考えてた誤魔化し方なのかも。顔写真付きの紙も用意してたし。


「て、テンさんはすごい人だったんですね」


「おー。嬉しいこと言ってくれるじゃん」


「と、特別待遇ですか。わ、私じゃ絶対無理です」


 どうやら、天霧さんはテンちゃんの言葉を信じてくれたようです。とりあえず、これで問題は解決。僕の背中に浮かんでいた冷や汗が、徐々に乾いていくのを感じました。


 キーンコーンカーンコーン。


 鳴り響くチャイム。昼休み終了五分前を知らせる予鈴です。


「あ。そろそろ教室に戻らないと。天霧さん、行こうか」


「う、うん。じゃ、じゃあ、テンさん。ま、また」


「バイバーイ。授業頑張ってねー。……それにしても」


 僕たちを見てニヤリと口角を上げるテンちゃん。


「テンちゃん、どうしたんですか?」


「いやー。二人仲良く教室に戻ったら、クラスメイトはどんな噂するのかなと思ってさー」


「?」


 テンちゃんが言っていることの意味が分からず、首をかしげる僕。チラリと横を見ると、そこには顔を真っ赤にした天霧さんが。


「な、ななな仲良く。う、ううう噂。…………ふ、ふええええ」


「あ、天霧さん!?」


「あっはっは。あなたも彼と同じくらいからかいがいがあるねー」


 どうやら、テンちゃんのからかい好きは、天霧さんに対しても健在のようです。


 ……どこをどうからかっているのか、よく分かりませんけど。

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