第36話 一体何なんですか、その視線は

「二人ともおかえりー」


 大会議室に戻ってきた僕たちを迎えたのは、コミュニティセンターの中を散策していたはずのテンちゃんでした。椅子に座り、フリフリとこちらに手を振っています。


「テンちゃん、いつ戻ってきたんですか?」


「ついさっき。いやー。なかなか楽しかったよ。ここ、図書室もあるんだね」


「そうですね。小さい頃はよく利用してました」


 図書室は、大会議室から出て廊下をまっすぐ進んだ先にあります。狭いうえに置かれている本の量はそれほど多くないので、利用する人はほとんどいません。ですが、小さい頃の僕にとっては、かなり居心地のいい場所でした。将棋教室終了後、母が迎えに来てくれるまでの時間つぶしに読んだマイナーな絵本の数々。それらは、今でも鮮明に思い出せます。


「そっかそっか。君の小さい頃かー」


「どうかしました?」


「いや、君が小さい頃の話、もっと教えてほしいなーと思ってね。できれば、黒歴史的なやつを」


「絶対嫌です」


 ただでさえ、母が僕の黒歴史をいろいろ教えてしまっているんですから。これ以上知られるなんて、ましてや自分から教えるなんて、天地が裂けてもあり得ません。


「ありゃ、交渉失敗。とまあ、そんなことより、あなた大丈夫?」


 そう言って、テンちゃんは僕の横に視線を移しました。そこにいるのは、先ほどから様子がおかしいままの天霧あまぎりさん。


「ダ、ダイジョウブ、デス」


「あはは。大丈夫じゃないねー」


 天霧さんの口から出る片言の返事。それを聞いたテンちゃんは、カラカラと笑いながら椅子から立ち上がります。そして、ゆっくりと天霧さんに近づき、その肩に優しく手を置きました。


「ドンマイドンマイ。ま、私としては、二人がそういう関係になってくれると嬉しいんだよね。これからも協力するから、気長にやっていこう」


「は、はい。あ、ありがとうございます」


「いやはや。鈍感ってのは、なかなか手ごわいよ」


「で、ですよね」


 二人が会ったのはつい先日。ですが、お互いに笑顔を浮かべるその様子からは、日の浅さなど微塵も感じられません。なんだか、見ているだけで心が温かくなる光景ですね。


 さて、それはそうと……。


「二人とも、さっきから何の話してるんですか?」


 話の内容がよく見えていない僕。蚊帳の外ってきっとこういうことを言うのでしょう。


「…………」


「…………」


「え? え?」


「君ってやつは……」


「た、立花たちばな君……」


「えええ?」


 一体何なんですか、その視線は。まるで、かわいそうなものでも見るかのような。


「さ、鈍感な彼は置いておいて、もう一局どう?」


「わ、分かりました。お、お願いします」


「あれー?」


 これが世の中の理不尽というやつですね。うん。間違いありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る