第31話 端攻めかー

 二人の対局が始まりました。


 慣れた手つきで駒を進める二人。テンちゃんの華奢な手が、盤上に駒を勢いよく打ち下ろします。天霧あまぎりさんは、時々テンちゃんの顔色を窺うようにしながら、ゆっくりと駒を動かしていきます。


「おー。三間飛車さんけんびしゃかー」


 不意に、テンちゃんが嬉しそうにそう告げました。


 三間飛車とは、飛車ひしゃを三筋に移動させて戦う戦法。破壊力があり、守りも硬いという厄介なものです。特に、石田流三間飛車いしだりゅうさんけんびしゃという形は攻めの理想形とも言われ、今なお指され続けています。


 僕自身、天霧さんの三間飛車に何度やられたことか。多すぎて数えようもありません。


「いつから三間飛車指すようになったの?」


「え、えっと。し、将棋始めてすぐです。こ、これが強いって言われて」


「そっかー。他の戦法指したりは?」


「あ、あんまりしません。し、仕方なく別の戦法になっちゃうことはありますけど。き、基本的には、三間飛車ばっかり指してます」


「うんうん。愛着があるっていいよねー」


 ニコニコと笑みを浮かべながら、歩を前進させるテンちゃん。


 テンちゃんが今指しているのは、かい飛車びしゃという戦法。二筋にいた飛車を八筋に移動させて戦うもので、三間飛車を相手にする際によく見られます。


 それほど時間をかけることなく、着々と進む駒たち。攻めの形が整えられると同時に王様の囲いも作られ、隙を見てはと歩がぶつかって小さな戦いが発生します。


 ですが十数手後、二人の戦いに硬直が訪れました。


「うーん」


 盤上を見つめる天霧さんの口から発せられた声。きっと今、天霧さんの頭の中では大量の駒たちが行ったり来たりを繰り返しているのでしょう。


 傍から見ている僕には、次の有効な手が全く見つかりません。下手に駒を動かしてしまうと、陣形に隙が生まれてしまいます。ですが攻めようと思っても、駒を無駄に消費するだけになってしまいそうです。


「三間飛車指してると、こういう場面多いでしょ。何を指していいか分からない、みたいな」


「で、ですね。こ、困っちゃいます」


 テンちゃんの言葉に返答する天霧さん。見ると、その表情が少しだけ緩んでいます。対局前に感じていた張り詰めた雰囲気など、今は全く感じません。


 そういえば、僕と天霧さんが打ち解けたのって、何回か将棋指した後だったっけ。確かあの時は……。







『もう一回! もう一回指そ! 天霧ちゃん!』


『た、立花たちばな君』


『どうしたの?』


『あ、あのさ。い、嫌じゃないの? わ、私といるの』


『え? なんで?』


『な、なんでって。だ、だって、わ、私、暗いし。そ、それに、は、話すのも苦手で』


『…………』


『く、クラスの子にも、ば、馬鹿にされちゃうから』


『……天霧ちゃん』


『へ?』


『僕…………』







 パチッ。


 僕の思考を遮るように鳴る駒音。盤上に目を向けると、端にある二枚の歩がぶつかっています。三間飛車対向かい飛車の戦いでよく見られる攻め方の一つです。


「お、端攻めかー。いいね。攻めっけたっぷりな将棋は大好きだよ」


「ど、どうも、です」


 二人の将棋の行く末は、この端攻めに託されました。

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