第30話 これ、どういう状況?
「やあ、
部屋に入ってきた
「こんにちは。天霧さん」
「た、
ニコリと微笑む天霧さん。ですが、僕の横にいるテンちゃんに気が付くと、「……あ」と呟いて視線をそらしてしまいました。
「やっほー。勝負しにきたよー」
「て、テンさん。ど、どうも、です」
先生に対する丁寧な態度とは一転。急にフランクなテンちゃん。対して、天霧さんは、見るからにぎこちない挨拶を返します。
「さっそく勝負したいんだけど、いいかな?」
「わ、分かりました。む、向こうの机でいいですか?」
「ん。了解」
部屋の一番隅にある長机。それを挟んで向かい合うように座る二人。箱に入っていた駒を盤上に広げた後、一枚一枚相手に合わせるようにして並べ始めます。
そんな二人のやりとりを見て、先生は首をかしげていました。
「蒼空君。二人は知り合いなのかい?」
「えっと、まあ、一応知り合いですね。知り合ったのはついこの前ですけど」
「へえ。で、『勝負』っていうのは?」
「テンちゃんが天霧さんに言ったんですよ。勝負したいって。なんか、強い人と将棋したかったみたいです。けど、他にも理由がありそうなんですよね」
「他の理由……」
「はい。後で聞いてみましたけど、詳しくは教えてくれなかったです」
僕の言葉に、先生は顎に手を当てながら何かを考え始めます。数秒後、「まさか……」と呟いたかと思うと、僕の背中を強く叩きました。
「痛! せ、先生?」
「ほら、ちゃんと二人の勝負を見届けてきなさい。この色男」
「い、意味が分からないんですけど」
「いいから。早く二人の所に行かないと」
「は、はあ」
「あ、暴力沙汰になりそうだったら、ちゃんと止めなよ。修羅場を何とかするのは、色男の責任なんだからね」
そう言って、ビシリと二人の方を指差す先生。そこでは、盤上に駒を並べ終えた二人が、何か話をしていました。小さな声で話しているせいか、ここからではその内容を聞き取ることができません。
先生の言葉に納得がいかないまま、僕はゆっくりと二人のもとへ向かいます。途中、後ろを振り返ってみると、生暖かい視線を向ける先生が。いや、先生だけではありません。先生の後ろの方で対局をしていたはずの男性たち。その全員が、生暖かい視線を僕に向けていました。
これ、どういう状況?
「君、どうしたの? なんか、釈然としない顔してるけど」
やってきた僕に向かって、テンちゃんが不思議そうに問いかけます。
「いや、ちょっと気になることがありまして」
「ふーん。まあいいや。それより、始めようか」
薄い笑みを浮かべながら、テンちゃんは将棋盤に向き直りました。「……はい」という天霧さんの小さな声が、盤上の空気を振動させます。眼鏡の奥にあるその目が鋭くテンちゃんを捉え、横から見ているこちらが後ずさりをしてしまいそう。
天霧さん? いつもと様子が……。
僕たち三人の間には、今まで将棋教室で感じたことのない張り詰めた雰囲気が漂っていました。
「「よろしくおねがいします」」
この時の僕はまだ知りませんでした。二人の間で、つい先ほど『とある約束』が交わされていたことを。
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