第28話 いや、雲の話ですよ

「じゃ、じゃあね。わ、私、先に戻るから」


 そう言い残し、足早に屋上を後にする天霧あまぎりさん。屋上から出る直前、意味深な視線をテンちゃんに向けていましたけど、まさか喧嘩とかにならないですよね。


「あの、テンちゃん」


「何かな?」


「どうして、いきなり勝負なんて言い出したんですか?」


 結局、次の土曜日に、テンちゃんと天霧さんは勝負をすることになりました。テンちゃんいわく、「強そうに見えたから」らしいのですが、どうにもそれだけが理由でないような気がしてなりません。


「さっきも説明したでしょ。あの子が強そうに見えたからだよ。やっぱり、将棋指しとしては強い人と指してみたいしね」


「…………」


 意味深な笑みを浮かべるテンちゃんの顔を、僕は無言で見つめます。


 そんな僕の視線に耐え切れなくなったのでしょうか。テンちゃんは、顔をそらしながら、小さくこう呟きました。







「私としては、君のためにいろいろお節介を焼きたくなっちゃうんだよ」







「テンちゃん? それってどういう……」


「はいはい。この話終わり。じゃあ、私は帰るからね」


 いかにもわざとらしく話を終わらせたテンちゃん。その手には、いつの間にか団扇が握られていました。


「テンちゃんはどうやって帰るんですか?」


「ん? 一応、空飛んで帰ろうと思ってるけど」


「なるほど。……見つからないでくださいよ」


 ただでさえ不法侵入をしているんですから。そのうえ、「学校上空に飛行する人間が!」なんて騒ぎになってしまうのだけはごめんです。


「大丈夫だってー。君、心配しすぎ」


 バシバシと叩かれる僕の肩。ちょっと痛い。


 そういえば、僕、テンちゃんが空を飛ぶところは見たことありませんでしたね。空を飛べること自体は知ってますが。


「じゃ、そゆことで」


 ニッと笑ったテンちゃんは、団扇を屋上の床に向かって一振り。すると、辺りに風が吹き荒れます。昼食中に感じていた風なんて、かわいいと思えるほどの強風。それに耐え切れず、思わず目を閉じる僕。風が収まった頃、ゆっくりと目を開いたその先に、テンちゃんの姿はありませんでした。


「て、テンちゃん?」


「おーい。こっちだよー」


 その声が聞こえたのは、僕の真上。顔を上げると、上空からこちらを見下ろすテンちゃんが。


「…………」


 さて、ここで問題です。テンちゃんの今日の服装は何でしょうか。いつも着ている男物のパーカーとジーパン? 不正解。自作のセーラー服とスカート? 正解。


「……白い」


 いや、雲の話ですよ。決して、パ……の話じゃありません。


「君、なんか様子が変だよ?」


「き、気のせいじゃないですかね。ハハハ」


「ふーん。まあ、いっか。君も、早く教室戻りなよ」


 そう告げて、テンちゃんは団扇をもう一振り。再度吹く強風。その風に乗せられるように、テンちゃんはあっという間に空の向こうへ。


「すごい。あんな感じで飛ぶんだ」


 初めて見るテンちゃんの飛行シーン。感動。感銘。そんな言葉では言い表せないほどの胸の高鳴りに、僕はその場で立ち尽くしてしまうのでした。


 そして……。


 キーンコーンカーンコーン。


「あ」


 僕の遅刻が確定しました。


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