第27話 ……なんか、勘違いの香りがするなあ

「そういえばさ。天霧あまぎりさん、教室で僕に何か言おうとしてたよね。あれって何だったの?」


 昼食を食べ終え、一息ついていた頃。僕は、ずっと気になっていたことを天霧さんに聞いてみました。


「あ。え、えっと。た、立花たちばな君、最近、将棋教室に来てないよね」


「うん」


「だ、だから、教室の先生も心配してて。わ、私も、ずっと気になってたんだ。そ、それで、次の土曜日は来てくれるのかなって」


「……そっか」


 僕が小さい頃から通い続けている将棋教室。毎週土曜日に開かれるそこで、僕はずっと将棋を指し続けてきました。けれど、母が亡くなってから今日までの一か月と少し。僕は、一度も将棋教室を訪れていないのでした。


「ほ、本当は、教室で伝えるつもりだったんだ。で、でも、立花君、もらった手紙、早く読みたそうだったし」


「……ありがとう。やっぱり、天霧さんは優しいね」


 僕がそう告げると、天霧さんの顔が徐々に赤みを帯びていきます。そして、顔を隠すようにうつむきながら、「う、ううん」と一言。


「あと、ごめんね。心配かけちゃって。いろいろあったせいで、なかなか足が向かなかったんだ」


「い、いや。き、気にしないで」


「……次の土曜日は、ちゃんと行くからさ」


「ほ、ほんと!?」


 僕の言葉に、勢いよく顔を上げる天霧さん。


「うん。ずっと休んでるわけにもいかないしね。天霧さんとも久々に将棋指したいし」


「ま、待ってる!」


 屋上を吹き抜ける風の音。それにも負けない天霧さんの叫び声。僕を捉えるその瞳は、キラキラと輝いて見えました。


 それにしても、本当に天霧さんは優しい人です。まさか、僕のことをこんなにも気にかけてくれていたなんて。まあ、天霧さんとは、僕が将棋教室に通い始めてから何度も対局してきた仲ですからね。教室に所属しているのも、僕と天霧さんを除けば大人の人ばかりですし。もしかしたら、特別な仲間意識を持ってくれているのかもしれません。


「……なんか、勘違いの香りがするなあ」


「勘違いって何ですか? テンちゃん」


「別に」


 一体どうしたことでしょうか。先ほどまで、僕たちのやりとりをニヤニヤ顔で眺めていたはずのテンちゃん。ですが今、その顔に浮かんでいるのは、言いようのない複雑な表情でした。


「そんなことよりさ。その将棋教室って、当日に飛び入りで参加しても大丈夫なの?」


「確か、大丈夫だったと思いますけど。だよね、天霧さん」


「う、うん。こ、これまでも、いきなり参加とか、結構あったかと」


「ほうほう。なるほどね」


 そう言いながら、テンちゃんは満足げに頷き始めました。


「……テンちゃん?」


「よし、決めた。土曜日、私も行くよ。将棋教室」


「……え!?」


 テンちゃんが……将棋教室に?


「それでさ、あなた」


「わ、私、ですか?」


「そ。あなた、私と勝負しない?」


 キーンコーンカーンコーン。


 テンちゃんの言葉とほぼ同時。昼休み終了五分前を知らせるチャイムが鳴り響きました。


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