第26話 何がよかったんだろ?

 何ですかね、この展開は。


「いやー。やっぱり、いなりずしは最高だよー」


「…………」


「…………」


 いつも以上に上機嫌なテンちゃん。チラチラとお互いの様子をうかがいながら食事をする僕と天霧あまぎりさん。異様すぎて思わず逃げ出してしまいそう。


 といいますか、よくよく冷静になって考えてみれば、これはかなりまずい状況です。なぜなら、テンちゃんは本来この学校にいちゃいけない人なんですから。幸いにしてこの学校の規模は大きく、生徒数もそれなりに多いです。だから、天霧さんが今すぐテンちゃんを不審者呼ばわりすることはない……と思いますけど。


「君、さっきから手が止まってるよ。いいのかなー? 私が、その最後の唐揚げをもらっちゃっても」


「ちょ、テンちゃん! 僕の楽しみとらないでください!」


「冗談、冗談。ニヒヒ。やっぱり君はからかいがいがあるよ」


「もー」


 油断も隙もない人ですね、まったく。


 僕は、テンちゃんにとられないよう、残り一つとなった唐揚げを口の中へ放り込みました。


 まあ、とりあえず、いろいろバレそうになったら頑張ってごまかしましょう。テンちゃん、記憶をどうこうする力とか持ってないですかね? あれば便利なんですけど。


「……ちゃん付け、いいなあ」


 不意に、天霧さんがボソリと何かを呟きました。


「天霧さん、何か言った?」


「な、何でもない、よ」


 ブンブンと手を振りながら否定する天霧さん。そんな天霧さんを、テンちゃんはニヤニヤ顔で見つめます。


「ねえ、あなた。何か知りたいことがあるんじゃないの?」


「……え?」


「隠しても無駄だよ。知りたいことがあったから、私たちのこと覗いてたんでしょ」


 自白を迫る刑事のように質問するテンちゃん。


 先ほど、僕たちに見つかった天霧さんは、何かを隠している様子でした。一体何を隠しているのか僕には分かりませんでしたが、どうやら、テンちゃんには大体の見当がついているようです。


「知りたいことって……。そうなの? 天霧さん」


「…………う、うん」


 僕の言葉に、天霧さんはゆっくりと頷きます。緊張の面持ち。揺れる瞳。こちらまで聞こえる呼吸音。これは深呼吸の音でしょうか。


「あ、あの……」


 やがて、意を決したように両手を握りしめながら、天霧さんは僕たちに向かってこう問いかけました。







「そ、その……ふ、二人は、こ、恋人、なんだよね?」







「違うよ」「違うけど」


「……ふえ?」


 大きく見開かれる天霧さんの目。


「僕とテンちゃんはただの将棋仲間だよ」


「し、将棋仲間?」


「うん」


「ほ、本当に?」


「本当に」


 僕の顔をじっと凝視する天霧さん。それはまるで、僕の言葉の真意を探っているかのよう。


 僕、天霧さんに信用されてないのかな? 付き合い、結構長いのに……。


「で、でも。た、立花たちばな君。こ、この人に、ラブレターもらったんじゃないの?」


「あー。……あれ、ラブレターじゃなかったんだよ」


 僕は、天霧さんに事の経緯を説明しました。もちろん、テンちゃんの正体やら不法侵入やらはごまかしながら。


「まあ、要するに、テンちゃんは僕のことを気にかけてくれてたってわけ。別に、恋人とかそんなんじゃないよ」


「そ、そっか」


 チラリとテンちゃんの方に視線を向ける天霧さん。無言でヒラヒラと手を振りながら、肯定の意を示すテンちゃん。それを見た天霧さんの顔には、うっすらと笑みが浮かんでいました。


「……よ、よかった」


「『よかった』って、何が?」


「う、ううん。た、立花君には、か、関係ないよ。あ、あはは」


「……そっか」


 何がよかったんだろ?


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