第21話 キ、キターーー!

 キーンコーンカーンコーン。


 学校中に鳴り響くチャイム。授業後の号令が終わり先生が教室から出ていくと、クラスメイトたちがガヤガヤと騒ぎ始めます。


「今日の昼どうする―?」


「学食でいいだろ」


「俺も行くわー」


「俺も―。今日、登校中にパン買うの忘れちゃってさー」


 そんな会話をする男子生徒たちを横目に、僕は鞄の中から弁当箱を取り出しました。中身は、朝ごはんとほぼ同じ。弁当用に新しくおかずを作れるほど、時間もありませんからね。手間もかかりますし。


 ですが、そんな中で一つだけ違うものがあります。それは、昔から大好きな冷凍食品の唐揚げ。今日はそれが楽しみで……。


「あ、あの!」


 弁当箱の蓋を開けようとしていた僕。その隣から突然聞こえた声。思わず顔を向けると、そこには不安そうな表情を浮かべた女子生徒が立っていました。


 ストレートのロングヘア―。前髪で隠れた左目。紺色フレームの眼鏡が特徴的な彼女の名は、天霧香奈あまぎりかな。僕が小学生の頃に通い始めた将棋教室の先輩生徒さんです。まさか、今年から同じ高校のクラスメイトになるなんて、思いもしていませんでした。


「天霧さん、どうしたの?」


「た、立花たちばな君。ちょ、ちょっとだけ、いいかな?」


「もちろん」


 僕がそう言って頷くと、天霧さんの顔がパッと明るくなりました。先ほどの不安そうな表情はどこへやら。そういえば、天霧さんは、僕と話す時同じような反応をすることが多いですね。一体なぜ?


「え、えっとね」


「うん」


「じ、実は……」「おーい! 立花―!」


 その時、天霧さんの声を遮るように、一人の男子生徒が僕の机へやってきました。それに気圧されたのでしょうか。「……あ」と呟いて一歩後ろに下がる天霧さん。


「お、わりい。話し中だったか?」


「う、ううん。大丈夫、だよ」


「そっか。すぐ終わるから」


 天霧さんにそう告げながら、男子生徒は、二つ折りにされた小さな紙を僕に手渡しました。


「これ、何?」


「さっき、廊下で女子に渡されたんだよ。『立花蒼空たちばなそら君に渡してほしい』って」


「……へ?」


 僕の口から漏れる間抜け声。


 どういうことでしょうか。手紙を渡されるほど仲のいい友達なんて、僕にはいないのです。しかも、相手は女子。どんな内容が書かれているのか全く想像できません。


 困惑する僕に向かって、男子生徒はからかうように笑います。


「これ、ラブレターじゃねえの?」


「…………今、何て?」


「だから、ラブレター。だって、女子から男子への手紙なんだから……って、やべ。購買戦争に遅れちまう。じゃあな。ちゃんと返事してやれよ」


 そう言い残し、教室の外に駆け出す男子生徒。後に残される僕と天霧さん。


 ラブ……レター……?


 それって……つまり……。


 告白……的な……。


 …………


 …………


 キ、キターーー!


 立花蒼空。高校生一年生。これまで付き合った人数ゼロ。ついでに友達も少ない。そんな僕にもついに春が!


 これはあれですか? 神様のいたずらってやつなんですか? なんにせよ、ありがとう神様! 今度神社に行ったらお賽銭奮発します!


「た、立花、君」


 その弱々しい声に、ハッと我に返る僕。見ると、最初と同じ不安そうな表情を浮かべた天霧さんがそこにいました。


「あ、ごめんね、天霧さん。話の途中に」


「い、いや。気にしないで。そ、それより。手紙、見ないの?」


「え? あー……いや、後で見るよ。それより、天霧さんと話してる最中だったしね。そっち優先」


「…………」


 無言で僕を見つめる天霧さん。数秒後。ゆっくり首を振ったかと思うと、「や、やっぱり、何でもない」と言いながら、自分の席に戻ってしまいました。


「どうしたんだろ、急に?」


 そんなことを呟きながら、僕は一人、首を傾げるのでした。

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