第7話 お茶の子さいさいだし

 チーン。


 仏壇の前に座って鐘を鳴らすテンちゃん。線香とい草の入り混じった香り。ついこの前までは、鐘の音も線香の香りもなかったはずなのに。そう思ったとたん、心がズキリと痛みます。僕は、頭を軽く振りながら、押し入れの中にしまっておいた足付将棋盤と駒台、そして駒袋を取り出しました。部屋の中央へそれらを置くと同時に、テンちゃんがこちらに向き直ります。


「へー。足付の将棋盤なんて持ってるんだ。すごいじゃん」


 感心したように、テンちゃんはそう口にしました。


 足付将棋盤は、プロの対局でも使われる盤。といっても、その大きさは様々。プロのタイトル戦では六~七寸のものが多用されていると聞いたことがあります。ちなみに、僕が持っているのは三寸盤です。


「母方の祖父が亡くなった時に、譲ってもらったんです。物置に眠らせておくより孫に使ってもらった方が、おじいちゃんも喜ぶだろうって母が」


「なるほどねー。君のおじいちゃんも将棋好きだったってことだ」


 盤を挟むように二枚の座布団を置くと、簡単な対局場の完成。それを見たテンちゃんは、ノソノソと四つん這いでそこに這い寄り、一方の座布団へ腰を下ろしました。


「お茶も持ってきますね」


「…………」


「……テンちゃん?」


「う、うん。あれでしょ。スーパーで買ったってやつ。わ、分かってる」


 お茶という単語を出した瞬間、テンちゃんの顔が引きつりました。口調もほんの少し早くなっています。


「……テンちゃん、もしかして」


「へ? べ、別に、さっきの勘違いとかどうとも思ってないし。お茶の味を見分けるくらい、お茶の子さいさいだし」


 そう告げながら、僕から顔をそらすテンちゃん。


 思わず、「お茶だけに?」という言葉が飛び出そうになりましたが、何とか押し留めました。ここでテンちゃんをからかうと、後が怖いのは明白でしたから。


 僕は、口元を手で押さえながら和室を出て台所へ。お茶を入れたコップをお盆の上に置き、それを持って再度和室に戻ります。


「どうぞ」


「あ、ありがとう」


 ぎこちない手つきでお盆を受け取るテンちゃん。どうにも気にしすぎではないでしょうか。その姿はまるで、どこかの誰かから怒られることを怖がっているかのようにも見えます。いや、僕の考えすぎかもしれませんけど。


 そんなことを思いながら、テンちゃんとは反対の座布団へ腰を下ろす僕。正座をして背筋を伸ばすと、何とも言えない懐かしさが僕の心を満たしていきます。きっと、この盤を使うのが久しぶりだからですね。


「君、ちゃんと正座するんだね。よきかな、よきかな」


 嬉しそうな表情を浮かべるテンちゃん。ちなみに、そんなテンちゃんはというと、右膝を立てた状態で座布団に座っています。


「おやおやー。私の足が気になるのかなー? 残念。今日はジーパンだから、パンツは見えないよ。スカートだったらよかったのにねー」


「ちょ、勘違いですから! というか、絶対わざと言ってますよね!」


「んー? どうだろー? ふふふのふ」


 本当にもう。隙あらばからかってくるんですから。


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