第5話 例えばね……

「少し、昔の話をしようか。君のお母さんと私の話。といっても、君はある程度知ってると思うけど」


 そう前置きして、テンちゃんは話し始めました。


 母が初めてテンちゃんと出会ったのは何年も前のことでした。山菜採りのために家族と地元の山へ赴いた母。当時小学生だった母は、ひょんなことから家族とはぐれてしまいました。焦って家族を探した母でしたが、その途中に持病の発作が起き、一歩も動けなくなってしまったのだとか。


 そんな母の目の前に現れたのが、同じく山菜取りに来ていたテンちゃんだったというわけです。


「いやー。まさか、あんなところで人間の子供と出会うなんて思ってもみなかったからね。びっくりしたよ。君のお母さん、私と会って安心したんだろうね。もうわんわん泣いちゃって。慰めるのに、幻術何回も使ってさ」


「そのことも母からよく聞かされました。母もテンちゃんと同じようなこと言ってましたよ。あんなところで天狗と出会うなんて思わなかったって」


「ふふ。神様のいたずらってやつなのかもね。まあ、そのあとは、私があの人の家族を探して一件落着ってわけ」


 どこか遠くを見つめながら、テンちゃんはそう言いました。その時の光景を思い返しているのでしょうか。はたまた、別の何かを考えているのでしょうか。


「そこから二人は友達になったんですよね」


「そうそう。いろいろ遊んだよ。家に招いて将棋の相手もしてもらった。まあ、私は一回も負けなかったけど」


「あはは……」


 そうして交流を重ねた二人。ですが、母が父と結婚してこちらにやってきてからは、めっきり会う時間がなくなってしまったようです。二人の主な繋がりは、月に一、二回の手紙でした。


「そういえば、母はよく手紙を書いてました。あれは、テンちゃん宛だったんですね」


「あの人の手紙、結構面白くてね。来るのが待ち遠しかったよ。もちろん、君のこともたくさん書いてた」


「へー。どんなこと書いてたんですか?」


 母がテンちゃんに伝えたという僕の姿。それが気になった僕は、軽い気持ちでそんな質問をしてしまいました。


 腕組みをし、天井を見上げるテンちゃん。数秒後、顔をこちらに戻すと、「例えばね……」とその内容を口にしました。


「君が初めて歩けるようになって嬉しかったとか」


 ふむふむ。


「君と一緒に買い物して楽しかったとか」


 なるほど。


「君のお漏らしで布団に世界地図ができたとか」


 ……ん?


「君が将棋大会で負けて『お母さーん!』って泣き叫んだこととか」


 ……んんん?


「君が中学二年生の時に……」


「ちょ、ちょっと待ってください。もしかして、その手紙って、僕の黒歴史集とかになってたりしませんよね?」


 焦って尋ねる僕。顔の温度が、これ以上ないというほど高くなっているのが分かります。


 そんな僕をニヤニヤ顔で見ながら、わざとらしく首を傾げるテンちゃん。


「黒歴史なの? 自分の自転車に、『殺戮マシンブラックトルネード』って名前を付けてたこととか?」


「ぬあーーー!!」


 僕の叫び声が、部屋いっぱいに響き渡りました。


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