第4話 ……とある用事?

「うわあああ!」


 叫びながら椅子から立ち上がる僕。そんな僕の反応を見て、テンちゃんが「ニヒヒヒヒ」と笑います。顔は怖い天狗。ですが、その声は先ほどまでと全く同じ。混乱しすぎて、もう頭がどうにかなってしまいそうです。


「いやー。ごめん、ごめん。君、なかなかいい反応するね。からかいがいがあるよ。君のお母さんが言ってた通りだ」


「て、テンちゃん……ですよね?」


「もちろん。これは、ただの幻術。実際には、何も変わってない」


「幻術!?」


 幻術って、相手に幻を見せるっていうあの……。こ、こんな感じなんだ。すごい。


 昔読んだ、忍者をテーマにした漫画が脳裏をよぎります。物語を盛り上げるために使われていた幻術という不思議な力。あの時の自分は想像できたでしょうか。自分が、その幻術にかけられる日が来るなんて。


「ま、とりあえず。私は本物の天狗だから。分かってくれた?」


「は、はい」


 頷いて、僕は椅子に座り直します。そのちょっとの間に、テンちゃんの顔は元に戻っていました。おそらく、幻術を解いたのでしょう。


「さて。そろそろ本題に……。いや、それとも、まだ幻術とか見てみたい? 今度は、もっと怖い顔とか……」


 いたずらっ子のように顔をニヤつかせながら、テンちゃんはそう言いました。手に持った団扇で、今にも自分の顔を隠そうとしています。


 僕は、条件反射のようにブンブンと首を左右に振りました。


「い、いえ。今の顔のままで大丈夫です」


「えー。遠慮しなくていいのに」


「遠慮なんてしてません」


 もうからかわれるのは御免ですからね。


「むう。もう少し遊びたかったんだけど……。まあ、いっか。本題に入るね」


 テンちゃんは、両腕をテーブルの上で組みながら、少し前のめりになりました。その手に、もう団扇は握られていません。先ほどから思っていましたが、一体どうやって出し入れしているのでしょうか。


「本題っていうと……将棋……ですよね」


 テンちゃんが最初に僕へ発した言葉。「初めまして。突然だけど将棋しない?」という不思議な言葉。その意味を、僕はまだ理解できていないのです。


「そ。私、今日はとある用事でこの町に来たんだ。で、それが終わった後、何だか無性に君と会ってみたいと思ってね。ただ会うっていうのも味気ないし、せっかくだから将棋もしたいなと」


「……とある用事?」


「うん」


 静かに肯定するテンちゃん。その顔に浮かんでいるのは笑顔。ですが、つい先ほどまでのニヤニヤ顔ではありません。明らかに無理をしていると分かる、寂し気な笑顔でした。


「お墓参り……だよ。君のお母さんの」

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