第2話 け、警察はまずい!

 勢いよく扉を閉める僕。バーンとうるさい音が響き渡ります。近所迷惑? 知ったこっちゃありません。身の安全が最優先。そのまま、間髪入れずにドアノブ下のつまみを回して鍵をかけました。


「え!? ちょ、ちょっと!」


 扉の向こうで、少女が驚きの声をあげるのが聞こえました。同時に、何度も叩かれる扉。押されるインターフォン。


 僕は、扉越しに彼女へ声をかけます。


「帰ってください。不審者さん」


「ふ、不審者!? そ、そんなんじゃないって!」


「じゃあ、何なんですか?」


「私はただ、君と将棋がしたくて……」


「なるほど。不審者ですね」


 僕は、彼女が誰であるのか知りません。「初めまして」と言っていましたから、実は小さい頃に会っていたなんてこともないのでしょう。つまり、僕と彼女は初対面。そして、その初対面であるはずの人に対して、連続ピンポンかついきなりの「将棋しない?」宣言。これを不審者と言わずして何と言うのでしょうか。間違っていたら誰か教えてください。いや、その前に助けてください。


「え……もしかして、部屋間違え……てないよね。君の名前、立花蒼空君で合ってる? それとも別人?」


「ぼ、僕の名前まで知ってるなんて。ス、ストーカー的なあれですか? け、警察に……」


「わー! け、警察はまずい! か、考え直して。ね。」


「遠慮します! スマホは……あ、リビングだ」


「ちょー! こ、こうなったら……」


 こうなったら!? こうなったらって何!? ま、まさか、扉が壊されたりするのでしょうか? 早く警察に通報しないと。


 そう考え、僕はクルリと扉に背を向けます。そして、リビングへと走り出し……たはずでした。


「……あれ?」


 思わず僕の口から漏れる声。一瞬何が起こったのか分からなかったのです。それにしても、誰が想像できるでしょうか。急に体が動かなくなるなんて。


「な、なんで!?」


 そう叫びながら、僕は体に力を入れます。ですが、全くの無駄でした。足も、腰も、手も、腕も。首も。まるで、何かに強い力で押さえつけられているかのよう。声を出したり目を動かしたりすることはできるのですが、それ以外はからっきし。


 カチャリ。


 背後から聞こえた金属音。あまりにも聞き慣れた金属音。その正体は、扉の鍵が開錠される音。


「ふー。ほんと、警察だけは勘弁してよ。いろいろ大変なんだから。あ、もう動いていいよ」


 扉を開けて入ってきたであろう少女の声。それが聞こえたと同時に、僕の体が動き始めます。急なことに理解が追いつかず、盛大に転んでしまう僕。


「痛……」


「ちょ、だ、大丈夫?」


「な、何が起こって……」


 僕は、転んだ状態のまま、扉の方に顔を向けました。目に飛び込んできたのは、先ほどと同じ少女。そして、その手に握られた団扇のようなもの。茶色の柄。柄の下に付けられた紫色の紐。扇部分はヤツデの葉っぱに似ています。それは、どこかで見たことのあるようなデザインで……。







『テンちゃんはね。こんな形の団扇を使っていろんなことができるのよ。物を動かしたり、空を飛んだり』


『へー。やっぱり、テンちゃんってすごいんだね』


『ふふふふふ』


『なんでお母さんが得意げに。……そんなことより、お母さん。ここに描かれてる棒人間って、もしかしてテンちゃん?』


『……人の絵とかは苦手なのよ』


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