第一章 襲来! 天狗少女

第1話 連続ピンポンですと!?

「これで詰みっと」


 そう呟いて、僕はスマートフォンをテーブルの上に置きました。画面に映し出されているのは『勝利』の二文字。つい先ほどまで行っていた、オンライン将棋の結果を示すものです。


 チラリと壁にかけてある時計に視線をやります。時間は朝の九時をちょっと過ぎたくらい。せっかくの土曜日。高校生らしくどこか遊びになんてことも考えますが、そんなことをする元気はありません。いや、気力がないといった方が正しいでしょうか。


 ああ、ダメだ。こんなんじゃ。


 顔をブンブンと左右に振りながら椅子から立ち上がる僕。フローリングの床を踏みしめながら隣の部屋へ。普段、寝室として使っている畳の部屋。広さは、三人が川の地で寝ても問題ない程度。部屋の端に置かれているのは扉付きの仏壇と一枚の座布団。僕は、座布団の上に座り、仏壇の扉をゆっくりと開きました。


 中におさめられた一枚の写真。そこに映っているのは、笑顔を浮かべる僕の母。


 父は、僕が生まれる前に原因不明の失踪。持病を抱えた体に鞭打ちながら、母は、女手一つで僕を育ててくれました。


 そんな母が亡くなったのは、つい一か月ほど前。高校入試の合格発表当日のこと。


 持病が悪化し、日に日に元気を失っていった母。中学を卒業したら働くといった僕を叱り、高校入試を勧めてくれた母。僕の高校合格を知れば、少しでも母の元気が戻る。そう、信じていたのに……。


「ねえ、お母さん」


 写真に向かって声をかける僕。けれど、返答なんてありません。当たり前ですよね。だって、母はもう亡くなっているんですから。


 僕はキュッと唇を嚙みしめながら、仏壇の扉を閉めました。


 その時。


 ピンポーン。


 鳴り響くインターフォン。宗教の勧誘か何かでしょうか。僕の住むこのアパートには、時たましつこい宗教勧誘の人がやってくるのです。まあ、基本的には「結構ですから」で追い返しちゃいますけどね。


 ピンポーン。ピンポーン。


 ……ん?


 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。


 連続ピンポンですと!?


 思わず勢いよく立ち上がってしまう僕。今までこんなに連続してインターフォンを鳴らされた経験なんてありません。十中八九やばい人です。居留守を使うべきでしょうか。いや、あえてちゃんと応対した方が……。


 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーンピンポーピンピンピンピンピン。


「うるさいですよ!」


 あまりの連続ピンポンに耐えかねた僕は、ドタドタと足音を立てながら玄関へ。そして、叫びながら扉を開けました。


「お、やっと出てくれた」


「……え?」


 扉の先にいたのは、宗教勧誘の人とは似ても似つかない少女でした。見た目の年齢は僕と同じくらい。黒髪短髪。少々たれ目。透き通るような白い肌。着ているものが男物のパーカーとジーパンだからでしょうか。「第一印象は?」と聞かれたら、僕は間違いなく「ボーイッシュ」と答えるでしょう。


 予想外の来客に、何と言葉を発すればいいか分からない僕。そんな僕に向かって、彼女は真っ白な八重歯をのぞかせながら、笑顔でこう告げました。







「初めまして。突然だけど将棋しない?」







 …………


 …………


 なるほど。


 なるほど、なるほど。


 …………


 …………


 やっぱりやばい人ですね。


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