第八話

 朝が終わる頃。カトレアが目を覚ますと、そこにはネゼレの姿があった。

 カトレアの椅子に勝手に腰掛けながら、足を組んでいる。


「やっほー、お疲れさま。フィテナから大体話は聞いたよ。お見舞い的な感じで来た」

「……そうなんですか」

「うん。というかビックリしたわ、オレたちが丁度追ってた〈蛮魔レシェン〉と、カトレアくんが接触してたなんて。いやあ、ほんとに、生きててくれてよかったあ……」


 ネゼレは小さく、溜め息をつく。


「……ありがとうございます」

「別にお礼とかいらないって。というかさ、フィテナにお礼言った方がいいと思うよ?」

「フィテナに、ですか?」


「え、うん。あいつ、キミのことすっげえ心配してたからね」

「え、そうなんですか?」


 不思議そうに言うカトレアに、ネゼレは呆れたように笑った。


「そりゃあそうでしょ。大切な一人弟子なんだから、心配するに決まってんでしょ。というかむしろ、キミとフィテナって家族みたいなもんじゃん?」


 そう告げられて、カトレアは少し沈黙してから、柔らかく微笑んだ。


「……家族、かあ」

「そう。だから、死んじゃだめだよ?」


 ネゼレは笑いながら、そうやって口にする。



「……はい。ぼくは絶対に、死にません」



 カトレアは力強く、言い切った。


 ◇


「じゃあねー、お二人さん! また来るんで!」


 笑顔で手を振っているネゼレを、カトレアとフィテナは玄関から見送った。


「……あのさ、フィテナ」

「ん、どうしましたか?」


 そう言って微笑んだフィテナの目にくまができていることに、カトレアは気付く。


「……ありがとう。ぼくのこと、助けてくれて」

「いいのですよ。大切な人を守るのは、当然のことですから」


 その言葉に、カトレアは微かに目を見張った。

 それから、淡く笑って尋ねる。


「フィテナはどうして、〈魔術師ウィフテリア〉になろうと思ったの?」

「ああ、話したこと、ありませんでしたっけ。……今の言葉通りですよ。僕は、大切な人たちを、守りたかったのです」


 そう告げたフィテナは、とても優しい顔をしていて。

 ああ、何て尊い理由なんだろうと、そうカトレアは思う。


「……ぼくも、フィテナを守りたい」


 その言葉に、フィテナは驚いたように、カトレアのことを見た。


「だからこれからも、ぼくに〈魔術ウィフト〉を教えてください。よろしくお願いします!」


 カトレアはそう言って、ぺこりと頭を下げる。

 そんな彼の姿に、フィテナは嬉しそうに微笑んだ。

 それから、口を開く。


「少し、ついてきてくださいますか?」


 そう言われ、カトレアはこくりと頷いた。

 二人は廊下を歩いて、居間へ入る。そこにある戸棚を、フィテナは開いた。そこから、小さな藍色の箱を取り出す。

 フィテナは、それを開ける。中には、鋼色の〈指輪リング〉が入っている。


「カトレア。左手を出してくれますか?」

「……わかった」


 カトレアはフィテナを見つめながら、自身の左手を差し出した。

 そんなカトレアの親指に、フィテナはそっと〈指輪〉を嵌める。



「いいですか。難しくなりますよ?」



 フィテナの言葉に、カトレアは力強く頷いた。


 窓から入り込む秋風は、そんな二人の髪を、さらさらと揺らしていた――

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