第五話
カトレアとフィテナは、向かい合って夕食を食べていた。
とうもろこしのポタージュを飲んでいるカトレアに、フィテナは口を開く。
「そういえば、カトレア」
「ん、何?」
ぱちぱちと瞬きをしながら、カトレアはフィテナを見つめる。フィテナは柔らかく微笑みながら、言葉を紡いだ。
「最近、ご友人ができたのでしょうか?」
「……え、何でわかるの?」
「いつも楽しそうに出掛けていること。貴方に、どこか別の人の香りが混ざっているような気がすること。この二つから推測しました」
「流石。フィテナ、すごいね」
「別にすごくはありませんよ」
謙遜するフィテナに、カトレアはパンを齧りながら、「すごいって!」と言う。フィテナはそんな彼の姿を見ながら、また口を開いた。
「どのような方か、お聞きしてもよろしいですか?」
「えーっと……何というか、上品な人」
「へえ、上品な方なのですね。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「別にいいよ。シレル」
「シレル……もしかして、女性の方ですか?」
「え、うん、そうだけど」
頷いたカトレアに、フィテナは微かに目を見張った。そんなフィテナの様子に、カトレアはじとっとした目を向ける。
「何だよ、ぼくに女の子の友達がいるのがそんなに変?」
「いえ、そういう訳では。ただ、最近の子は進んでいるなと思っただけですよ」
「何だそれ。そういうフィテナはどうなの? 女の人の知り合いとかいないの?」
「知り合いくらいならいますけれど、友人となると特に」
「へえ、意外。フィテナってモテそうなのにね」
「ああ、まあ……告白を受けたことは結構ありますけれど……」
「え! そうだったの! ……ちっ」
「カトレア、そんなにわかりやすく舌打ちしてはいけませんよ」
諭すフィテナに、カトレアは口を尖らせる。カトレアは告白などされたことがないし、恋人などいたことがない。それはカトレアの中で、少しだけコンプレックスになっていた。
「いつかカトレアにも、素敵な女性が現れると思いますよ」
優しい顔をして言うフィテナに、カトレアは「素敵な女性」という言葉を頭の中で反芻する。
そうすると思い浮かぶのは、最近よく会っている、あの少女の姿――
「……どうしましたか、カトレア? 何だか顔が赤いですよ?」
「なっ、何でもないし!」
カトレアはそう返しながら、木苺のジュースをごくごくと飲んだ。
◇
その日は曇っていて、灰色の空が広がっていた。
カトレアはいつものように、シレルとの待ち合わせ場所に到着した。そして思わず、息を呑んだ。
待っていたシレルは、小花柄をした桜色のワンピースに身を包んでいた。所々に真っ白なレースがあしらわれていて、とても綺麗だった。襟元のリボンは鮮やかな真紅で、丁寧に結ばれている。
彼女がワンピースを着ている姿を見るのは初めてだったので、カトレアはドキドキしてしまう。ゆっくりと近付いていくと、シレルもカトレアに気付いたようで、手を振ってくれた。
「こんにちは、カトレアくん」
「……こんにちは、シレル」
施されている化粧もいつもより鮮やかな心地がして、カトレアはつい見入ってしまう。シレルは不思議そうに、そっと首を傾げた。
「どうしましたか、カトレアくん?」
「えっ……いや、その……シレルが、すごく、綺麗だったから」
カトレアの言葉に、シレルは少し驚いたような顔をしてから、嬉しそうに微笑む。
「ふふ、ありがとうございます。カトレアくんこそ、今日も可愛いですよ」
「か、可愛い!?」
「ええ。とっても」
「……ぼく、シレルには、かっこいいって思われたい」
ぼそぼそと言うカトレアの頭を、シレルは優しく撫でた。
「そういうことを言ってしまう辺りが、すごく可愛いんです」
「むうー!」
不服そうに頬を膨らませるカトレアに、シレルは桜色の唇を開いた。
「ねえ、カトレアくん。わたくし、貴方に大事な話があるんです」
「え、大事な話……?」
不思議そうに繰り返したカトレアに、シレルは頬を少し紅潮させながら、口を開いた。
「はい。前から伝えたかったんですが、中々勇気が出なくて。……でも今日こそ言おうと思って、ここに来ました」
「え、その、ええと、全然聞くけど。何?」
動揺したように尋ねるカトレアに、シレルはそっと目を細めた。
「森の奥に花畑があるの、カトレアくんは知ってますか?」
「いや、知らない。そんなところあるんだ」
「そうなんです。折角だから、その花畑で伝えたいなと思って。よかったら、付いてきてくれませんか?」
シレルの真っ直ぐな翠色の瞳が、カトレアを映し出していた。
カトレアはこくりと頷く。シレルは嬉しそうにはにかんで、「ありがとうございます、カトレアくん」と言った。
何度目かもわからないまま、二人はどちらからともなく、手を繋いだ。
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