第四話
〈
「行ってきます!」
「ああ、行ってらっしゃい。お気を付けて」
フィテナの声を聞きながら、カトレアは家を出る。
喧嘩の一件から、些かぎこちないながらも、二人の間には会話が戻っていた。カトレアはまだフィテナの発言を許していなかったけれど、怒りは殆ど収まっていた。
それに今のカトレアには、大事な人ができた。
森の中を走って、待ち合わせの場所へと向かう。黄色や橙色に染まりかけた樹々は、吹く風によってさらさらと葉を揺らがせている。
やがて森を抜けると、町が見えてきた。
門の近くに、シレルの姿はあった。
薄緑色のセーター、真っ白なレーススカート、淡い茶色のブーツ。そんな服装は、美しい彼女によく似合っていた。
「シレル!」
カトレアが声を掛けると、シレルは顔を上げて、花が咲いたように微笑んだ。
「こんにちは、カトレアくん」
「こんにちは! ごめん、待った?」
「いえ、全然。わたくしも、ちょうど今来たところですから」
その言葉を彼女の気遣いのように感じて、だからカトレアはくすぐったくて、嬉しかった。
「ありがとう、シレル」
「感謝されるようなことはしてませんよ。それでは、行きましょうか?」
シレルはそっと、カトレアに手を差し出す。
カトレアはゆっくりと、それを握る。彼女の体温はどこか冷たくて、今の季節の温度に染まってしまったかのようだと、カトレアは思う。
二人は手を繋ぎながら、ゆっくりと町に向かって歩き出した。
◇
「見てください、カトレアくん」
シレルの指さした先には、アイスクリーム屋さんがあった。看板には色とりどりのアイスクリームのイラストが描かれていて、とても華やかだった。
「一緒に食べませんか? 奢ってあげますよ」
「え、ほんと? でも、悪いよ」
「気にしなくていいんです。わたくし、お金だけは沢山貰ってるので」
シレルはどこか寂しそうな表情で、そう告げた。
「それじゃあ、お願い」
「わかりました。何味がいいですか?」
「えーと……木苺がいい」
「了解です」
シレルは頷いて、カトレアの手をそっと離した。軽く手を振って、アイスクリーム屋さんに向かっていく。カトレアは少し残念そうな顔をして、先ほどまで繋がれていた自身の手を見つめていた。
ぼんやりとしながら、シレルのことを待つ。午後の遅めの時間だからか、町には様々な人が歩いている。学校帰りだと思われる少年と少女を、カトレアは微かな憧憬に染まった眼差しで眺めていた。
「お待たせしました、カトレアくん」
声がした方を見ると、両手にカップアイスを手に持っているシレルがいた。淡い赤紫色をしているアイスクリームを、シレルはカトレアに差し出す。
「ありがとう」
「どういたしまして。どこか座れるところで食べましょうか?」
「うん、そうする!」
笑顔で頷いたカトレアに、シレルは嬉しそうに微笑んだ。
◇
大きな自然公園の一角に、カトレアとシレルはいた。木製のベンチに並んで座りながら、アイスクリームを食べている。
「そういえば、カトレアくんの両親は何をしている方なんですか?」
シレルからの何気ない質問に、カトレアの表情が陰った。彼は悲しそうに微笑って、口を開く。
「ぼくのお父さんとお母さんは、一年前に死んだんだ。……〈
「そう、だったんですか。すみません、そうとは知らず質問してしまって」
「いや、気にしないで。シレルは悪くないよ」
カトレアはそう言って、木苺のアイスクリームを頬張った。冷たくて甘いそれを、口の中でしゃりしゃりと味わう。
「シレルのご両親は、どんな人なの?」
「わたくしのお父様とお母様は……厳しい人たちですよ」
「そうなの?」
「ええ。一人娘のわたくしに、随分期待をしているようで。テストの点数が悪ければ叱られますし、言葉遣いが荒ければ注意されます。だからこうして、敬語で喋っているという訳です」
シレルはそう言って、曖昧に笑った。
「そうなんだ、大変だね。そういえばぼくの師匠も、敬語ばっかり使ってる」
「あら、そうなんですか。カトレアくんには、師匠がいるんですね」
「うん。家族がいなくなったぼくを拾ってくれた人だよ」
「へえ、優しい方なんですね」
シレルは微笑みながら、バニラ味のアイスクリームをスプーンですくう。綺麗な所作で、それを口に入れた。
「優しいのかな……前、酷いこと言われたけど」
「酷いこと、ですか?」
「うん。でもこれは、シレルには内緒」
「あら、寂しいですね。……でもきっと、それはカトレアくんを想っての言葉だったんじゃないでしょうか? わたくしには、そんな感じがしますよ」
「そうかな……?」
「そうだと思いますよ。わたくしの両親も厳しいですが、それは愛情の裏返しだと思っていますから。だからカトレアくんの師匠も、そのはずです」
力強く言い切ったシレルに、カトレアは少しの間沈黙して、それから頷いた。
「……うん、そうかもしれない。そうだといいなあ」
「そうです。大丈夫ですよ」
シレルはそう言って、カトレアに微笑みかけた。
その微笑みがとても綺麗だったから、カトレアは思わず目を逸らしてしまう。
「……どうしたんですか、カトレアくん? 顔、赤いですけど」
「な、何でもない! シレルには関係ない!」
「あら、そうなんですか?」
「そうなの!」
焦ったように告げるカトレアに、シレルはくすくすと笑った。
カトレアは口を尖らせながら、そんな彼女の姿を見ていた。
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