019・指示と行動
「ご来店ありがとうございます。リオンです」
黒髪のロングに白のドレスに身を包ませた女性が僕の前に現れた。
どちらかと言えば写真よりも美しく感じる。思わず呆然としてしまう。
「あの、隣いいですか」
「あ、どうぞ」
僕は横にズレて席を空けた。
リオンさんが座り、僕は頭が真っ白になる。
人見知りである僕は初対面の女性に何をどう話せばいいのか分からない。
「あの、何を飲みますか?」
「あ、えっとウーロン茶をお願いします」
「お酒、飲まないんですか?」
「僕、酒が弱くてすぐに酔いつぶれてしまうんです」
「そうですか」
ボーイが運んできたグラスに氷を入れ、ウーロン茶を注ぐ。
グラスに付いた水滴を布巾で綺麗に取り除き、僕に差し出された。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
作戦通り、席に着いたのはいいものの、この気まずい空気をどうすれば良いだろうか。
おそらくどこかで聞いている速水に話題を教えて欲しいと小声で呼びかけるが、反応はない。無視をしているのか、聞こえないのか分からないが、この空気が耐えられない。
「あの、今日は初めてですよね。いつもこういうところに来られるんですか?」
「あ、はい。実はキャバクラ自体が初めてです」
「そうなんですか。一般の方は誰かに連れられて初デビューをするものですが、一人で来られるって勇気ありますね」
「ははは。それほどでも」
「初の接客の相手が私ってことに運命を感じます。今日はとことん楽しんでいって下さいね」
「リオンさん」
どうしよう。可愛い。好きになってしまいそうだ。
いや、騙されるな。これは上手いこと言って固定の客にするための話術だ。
そう言い聞かせるが、僕の感情は正直に現を抜かす。
そんな時である。
『ガッガッ! ズズッ! 保高さん。トイレに行くと適当に言って席を離れて下さい』
唐突に速水から指示が入る。
状況が分かるようにイヤフォンを耳に仕込んでいた。
「すみません。ちょっとお手洗いに」
「あ、はい。場所は」
「分かります」
僕は席を離れた。
『保高さん。トイレの奥にある部屋に向かって下さい。その間に誰にも会わないように注意すること』
「了解」
忍び足で指示された場所の前まで辿り着く。
『関係者以外立入禁止』という板が扉に貼り付けられ、如何にも怪しい。
『保高さん。中に入ってすぐにロッカーがあると思います。そこに身を潜めて下さい』
言われた通りにロッカーに身を入れる。
「ここからどうすればいい?」
『何もしないで下さい。待機です』
「待機って」
身動きが取れず、もし万が一誰かに見つかったらどうなるか分からない。
すると部屋に誰かが入ってくる。
大柄で顎髭を生やした男だ。速水から事前に聞いていた冴島という男の特徴と一致する。
「さてと」
冴島はデスクに座り、金の整理を始めた。
店の売り上げか。それとも。
「もしもし。俺だ」
冴島はどこかに電話をかけた。
「例の件? あぁ、大丈夫だ。臨時収入も入ったところだ。また、頼むよ。え? 勿論あの廃遊園地にあった五億だよ。あのバカ女が良い餌を巻いてくれて助かったよ」
電話の盗み聞きにより冴島が金を盗んだ犯人の疑惑から確信に変わった瞬間だ。話を聞く限り、金はまだ使っておらず、これからまさに使おうとしているのが目に見えた。
その前に何としても金を取り返す必要がある。
「店長。ちょっと」
ボーイの一人が冴島に呼びかける。
「何だ。俺は今、忙しいんだ。後にしてくれ」
「ですが、緊急事態です」
「分かったよ」
冴島はボーイに連れられて部屋を出た。
『保高さん。部屋に金庫はありませんか?』
「金庫? あぁ、あるぞ」
『おそらくそこに私のお金が隠されていると思います』
「だとしてもどうやって開けるんだよ」
『別に開ける必要はありません。金庫ごと頂きましょう。それを持って裏口から出て下さい。私もそこでスタンバイしています』
「分かった」
金庫を持ち出そうにも重くてとてもではないが運べない。
と、思ったが、鎖で固定されている。これでは持ち出すことができない。
仕方がなく裏口を開けて速水に助けを求める。
「保高さん。金庫は?」
「無理だ。一人じゃ運べない。それに鎖で固定されている」
「なら鎖は切りましょう」
速水はチェーンクリッパーを取り出す。それに台車まで用意していた。
いつの間に用意したのだろうか。
だが、そのおかげで金庫を外に持ち出すことが出来た。
台車に乗せて後は退散というタイミングの時であった。
「待ちな。コソドロさん」
僕の前に冴島とボーイ達が道を塞いでいた。
「誰かと思えば百仁華ちゃんじゃないか」
「冴島」
「その金をどうするつもりだ」
「これは私の金よ。取り返えさせてもらう」
「甘いな。ここから逃げられるとでも?」
「逃げられないとでも?」
両者による挑発が行われる。
だが、明らかにこちらに部が悪い。
「一人の客が支払いを済まさずに消えたと思えばまさかこんな悪巧みをしていたとは。たっぷりとお仕置きが必要だな」
僕を睨めつけて冴島は圧をかける。僕は足がガタガタだ。
「私のパートナーにそんなことはさせない。このまま退散させてもらうわ」
「それが出来ないんだな。おう、お前ら。やつらを捕まえろ」
ボーイが僕らに迫ったその時だった。
速水は何かを地面に叩きつけた。
辺りは煙で充満して視界が無くなる。
「保高さん。こっち」
速水に袖を引かれて僕は誘導された。
まんまと冴島を欺き、その場を離脱することに成功した。
気付いた時にはもう遅い。
僕たちは事前に用意した逃走ルートを駆け抜けていた。
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