016・保険と犯人
「良かった。ここは無事のようね」
「早水。何だよ、それ」
「百万円」と早水は僕に札束を見せた。
「どうしてそこに金があるんだよ」
「万が一、盗られた用に保険として隠しておいたの」
「盗られた時のことも想定していたのか」
「えぇ。まぁ、百万あれば一時的に何とかなるし、本当の保険金みたいなものだけど」
「流石だな。抜け目がないというか」
「まぁ、百万だと二人で数ヶ月が限界でしょう。それまでに取り返す算段でも考える必要がある」
「でもどうやって? 犯人の手掛かりがあれば別だが、誰かも分からない人物から金を取り返すなんて出来るのか?」
「ここがただの隠し場所だと思う? 当然、防犯対策はしている。きっと何かしらの証拠は残されているはずです。例えばそこ」
と、早水は舞台上のある一点に指を差す。
「靴のサイズは二十八センチ。この形は登山ブーツかしら」
足跡だ。でもどうしてこんなところに?
「地下室の周りには予め、足跡がつきやすいように粉を撒いておいたの。ただ埃で汚いだけに見せかけて実はトラップだった訳」
「考えられているな。でも足跡が分かったところで犯人が分かるとは思えないし」
「ここにお金を隠したことを知っているのは私のほかにいないはず。考えられる線としては私の行動を知っている人物に他ならない。誰だろう」
「心当たりないのか?」
「ここに隠したのは私の単独。いや、待てよ」と早水は深く頭を悩ませた。
すると、「あ」と思い出すように閃く。
「あいつかも」
「あいつ?」
「この廃遊園地は昔、付き合っていた男から聞いた情報なの。今は誰も近付かず、何をしても何を隠しても絶対にバレることはないって。その話を聞いて私はここを見つけてお金を隠したの」
「じゃ、その男が怪しいってことか?」
「可能性は高いかも。結構、大柄の男だから靴のサイズもそのくらいだし」
「じゃ、早くその男の元に行ってお金を取り返そう」
「待って。そんな簡単な話ではない」
「どういうことだ?」
「私はその男をあまり詳しくない」
「詳しくないって付き合っていたんだろ?」
「付き合っていたと言ってもお金だけの付き合いだよ。知っているのは名前と職場くらい。名前だって本当かどうかも分からない」
不穏な空気が流れた。
だが、進まなければ何も始まらない。何と言っても五億円が掛かっているんだ。ミスミス引き下がるわけには行かない。
それは早水も同じはずだ。
「速水。どうかしたのか?」
「これ」
「ん? タバコの吸殻?」
「この銘柄のタバコ。冴島が好んでいるものだ」
「たまたま同じものがあったんじゃないのか? 廃墟だし」
「いや、これはまだそこまで湿気っていない。結構、最近のものよ」
「じゃ、もしかして」
「えぇ、お金を盗んだ犯人のものと考えられる。冴島の可能性は高まってきたわね」
「でも、単独で盗んだのか? 五億は意外と重いし、一人で運べるものなのか?」
「私でも運び込むことは出来たんです。不可能ではありませんよ。それに相手は大人です。車を乗り入れれば簡単に運び出せます」
「た、確かに」
「犯人はほぼ間違いなく冴島。これだけでも良い収穫になりました」
その後、現場の捜索を始めたが、それ以上に新たな情報は掴めなかった。
唯一の手掛かりは速水の思い当たる一人の人物だけだ。
「撤収しましょう。今日はホテルにでも泊まってゆっくり身体を休めた方がいい。今日は疲れた。いろんな意味で」
「そうだな」
タクシーを呼び、僕と速水は市街地のホテルに泊まることにした。
百万円だけでも今はありがたい。
少しの間は困らないが、早いうちに大金を手に入れないと僕たちの生活が安定しないことは変わりなかった。
だが、盗まれた金をどうやって盗み返すのか。
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