015・現金の行方と現実
「……………………!?」
中身を見た瞬間、僕と速水は固まった。
人は本当に驚いた時は何も言えずに呆然とするものだろう。
夢か現実かの区別がつかないほどだ。
いや、これは紛れも無い現実。
アタッシュケースの中身は現金ではなく二リットルのペットボトルに水が入ったものである。それは五つ全てのアタッシュケースが同じように現金の代わりにペットボトルに水が入ったものだけだった。どこをどう探しても探し求めた金はない。
速水が僕を驚かせるための演技では? と、浮かんだが、速水はアタッシュケースの前に膝を付いて呆然としている。とても演技とは思えないほど動揺を感じた。
その様子を見た僕が脳裏に浮かんだのは期待からの裏切りだ。
「速水。どういうことだよ。金は?」
「知らないわよ。こっちが聞きたいくらいだわ」
「知らないって。お前、僕を騙したのか。金があるって嘘をついて僕をここまで振り回したのか。本当は金なんて最初からなかったんだろ。どうなんだよ」
僕は騙されたという悔しさのあまり、速水に怒鳴り散らした。
「私は嘘なんて付いていない。お金は確かにここにあった。それは間違いない」
「じゃ、何で無いんだよ」
「さぁ」
「さぁってどうするんだよ。ありませんでしたで済む話じゃないだろ」
「保高さん。少し静かにしてくれませんか?」
「静かにって今がどういう事態か分かっているのか。五億だぞ。五億! そんな金が無くなっていたら黙っておけないだろ」
「喚き散らしたら現金が戻って来るならいくらでも大声で叫びますよ。でも、そんなことをしても体力を消耗するだけじゃないんですか?」
確かに速水の言う通りだ。騒いだところで現金は消えたままで何も解決にはならない。
「一旦、深呼吸して気持ちを落ち着かせましょう」
大きく息を吸い込んで吐き出した。
ただの深呼吸でも気持ちを落ち着かせる効果はあるようだ。
「悪かったな。急に取り乱して」
「いえ。取り乱したくもなります。まずは冷静に現状を把握しましょう」
把握と言っても現金が消えたことには変わりない。
これは誰がどう見ても盗まれたと判断するしかない。それは速水も分かっているはずだ。
「絶対に見つからないって大口を叩いていた割にはこのザマだ。お前もたいしたことないな」
「……そうかもしれない」
普段、強気で頭の回転が早い速水だが、素直に僕の発言を認めた。
意外な一面というより見たくない一面でもあった。
僕の中では少しでも頼りになる存在で居て欲しい。
「盗まれたことに変わりない。でも、一体誰が盗んだっていうのだ。まさか大樋が先回りして回収したんじゃ」
「いや、それはないと思う」
「どうしてそう言い切れるんだよ」
「奴らの仕業なら私を捕らえるために待ち伏せをしているはず。金を盗んだ相手には容赦しない連中よ。意地でも捕まえて絞め上げるはず。金だけ取り返すとは考えにくい。だけど、ここには人の気配は感じない。おそらく金だけが目的の人物の線が高い」
「じゃ、別の誰かが盗んだってことか?」
「そう考えるのが妥当ね。問題は一体、どこの誰が持ち逃げしたか」
「クソ。せっかくここまで遥々来たのに無駄足かよ。金がなかったらどうやって生きて行けばいいんだよ」
悔しさのあまり、僕は拳を床に叩きつけた。
そんなことをしても拳が痛いだけだ。だが、このモヤモヤをどこかにぶつけずにはいられなかった。
「そう悔やまないで下さい。勿論、私のお金は必ず取り返します。私をここまでコケにしたんです。その罪は重いですよ」
速水は静かに怒りを表していた。
盗んだ金を取られて更にそれを取り返す。最早、誰の金なのか分からない。
大体、盗んだ金だとしてもどうして早水は冷静でいられるのだろうか。普通ならショックで気絶してもおかしくないイレギュラーな事態のはずだ。どうして余裕が感じられるのだろうか。その理由は早水の行動にあった。
「こっちが無事であることを祈るばかりね」
「こっち?」
早水は観客席のとある座席に向かう。
すると、座席の板が外れて何かを取り出した。
「あった」
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