009・ドライブと追手の存在


 一時、安心して運転できるようになり、疑問を聞いた。


「速水。お前、何をしたんだ。今、追って来たヤクザはお前の追っ手だろう」


「えぇ。その通り。まぁ、色々よ。まさか居場所を特定されるとは思わなかった。あいつも馬鹿じゃないようね」


「誰なんだよ。あのヤクザ。まさか昨日の結婚詐欺と関係があるのか?」


「昨日の件とは無関係だよ。さっき追って来た奴は大樋おおとい。暴力団の組長。気性が荒く、暴力で正当化されようとするヤバい奴ね」


「やっぱそっち系かよ。お前、何をしたんだ。盗んだとかなんとか言っていたけど」


「組の金を盗んだ」


「そりゃ、追われるのも当然だ。いくら盗んだんだ」


「まぁ、軽く五億?」


「ご、ご、ご、五億!?」


 桁違いの金額に僕は度肝を抜かれた。


「お前、その金は今どこに?」


「持ち歩かないわよ。当然、秘密の場所に隠してある。どう? 私と手を組んでくれたら一億くらいあげるわよ?」


「冗談じゃない。そんなヤバい金を手にしたら僕まで追われるじゃないか」


「でも無一文でお金に困っているんでしょ?」


「だとしても金より命が大事だ。みすみす殺されるような真似しない」


「でも生活には困らないわよ?」


「だとしてもだ」


「まだ渋る? 大樋の目から見れば保高さんは間違いなく私の協力者に見えているはず。それに車も盗んで警察に追われることもありうる。このまま途方に呉れれば間違いなくどちらかに捕まり、保高さんはめでたく刑務所暮らし、或いは拷問で精神崩壊。さぁ、どちらになるか楽しみですね」


「お前、まさかこうなることを読んで僕に協力させて断れない状況を作ったっていうのか」


「ふふ。さぁ、何のことだが」


 こいつ。とんでもない悪女だ。僕が今まで見てきた女の中でズバ抜けるほど性格が悪い。

 僕は速水の手の中で踊らされている。このままでは一生、速水の術中にハマってしまう。


「僕を利用して楽しいか?」


「その言い方だと私が極悪人みたいじゃないですか」


「実際、そうだろ。僕は君のことは極悪人にしか見えない」


「私は保高さんに救いの手を差し伸べているんですよ?」


「そんなわけないだろ」


「保高さん。少し頭を柔らかくして考えてみてください。ブラック企業でこき使われて少ない賃金で働かされるか、大金を手にして組や警察から逃げるか。今のあなたには二つに一つしか道はないんですよ?」


「待て、待て。どうして僕がブラック企業で働く前提なんだ」


「何を言っているんですか。世の中、ホワイト企業に勤められるのは一部の優秀な逸材だけです。保高さんのような凡人ではブラック企業以外に選択の余地はありません。それとも何か。企業に重宝されるような資格か能力でも持っているんですか?」


 確かに僕は優秀な逸材とは掛け離れている凡人だ。それに自動車の免許以外、これと言って特別な資格を持っている訳でもない。

 就職したとしても誰でも出来るようなブラック企業しか選択肢がないことは想像できる。


「だとしても僕は犯罪に手は染めたくない」


「ならブラック企業に勤める覚悟はありますか?」


「そ、それは」


 あるとは言えない。出来れば働かなくて済む道があるならそれを選びたいというのが本音だ。そんな道なんてあるはずはないのに。


「ないんですね。もっと言えばホームレスになるか、逃亡生活をしてみるか二つに一つですね」


「お前はどうなんだ。逃亡生活が本気で成功すると思っているのか? そんなこと続く訳がない」


「勿論。私は既に計画済みです。私の話に乗ってくれるなら逃亡生活は成功させると約束しますよ? まぁ、今の保高さんに私の誘いを断る選択はないと思いますが」


「逃亡の先に幸せなんてないぞ。分かっているのか」


「保高さんは何を基準で幸せなんですか? 良い物を食べて高価な衣類に身をまとわせて広い家に住むとか?」


「それは人それぞれだろ」


「そうです。逃亡生活の先にも幸せな形はありますよ」


 少なからず、逃亡生活で幸せなんてある訳がない。

 そんなものは幸せとは言えない。それでも幸せだと思えるのであれば負け惜しみに過ぎない。


「大分距離が稼げたところですし、そろそろ休憩しませんか?」


「あぁ、そうさせてもらうよ。家を出てからずっと気分が悪い」


 肉体的な疲労は勿論あるが、それ以上に精神的疲労が優っていた。

 次に見えたパーキングエリアに入り、車を駐車させた。トイレは勿論、食事休憩が出来る大型のパーキングエリアだった。

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