010・乗り捨てと目的地
運転をしながら会話をするのは集中力が蔓延する為、車を停める必要があった。それに運転を続けるのは何かと疲労が溜まるのでよろしくない。
駐車してようやく気分が落ち着いた気がした。
「トイレは大丈夫か?」
「うん。まだ平気」
「次、いつ行けるか分からないぞ」
「じゃ、一応行っておく」
トイレ休憩を挟み、車に戻った。
ハンドルに額を当てながら僕は速水に問う。
「それで? いつからだ」
「いつからとは?」
「僕を断れない状況にして協力させる魂胆は分かった。でも、どうして僕なんだ。協力者が欲しいだけなら僕以外でも良かったはずだ。いつから僕に狙いを定めた?」
「確かに別に保高さんじゃなくても問題ない。ただ、私と知り合ってしまったことを不運に思うしかない。あなたはたまたま運がなかった。それだけのこと。要は誰でも良かったの」
「クッ。おかしいだろ。僕が君に何をしたって言うんだ。人の弱みに付け込んでズカズカと入って来て。君のせいで僕の人生はお先真っ暗だ」
僕は怒りをぶつける為、ハンドルを殴りつけていた。
「別に私のせいだけじゃありませんよ。お金がないのもアパートを追い出されることになったのも全て保高さんの自己責任。私は何もしていない。でしょ?」
言われてみれば確かにその通りだ。速水がしたことは僕が不甲斐ない生活を送っていたことが直結しているだけに過ぎなかった。
自分の日頃の行いが悪いと認めざるを得ない。
これもまた運命。
「ちっ。分かったよ。協力はする。だが、条件がある」
「条件?」
「僕は直接的な犯罪行為はしない。あくまで君に指示されて仕方なくやっている被害者という立ち位置でいたい。つまり自分の手は汚したくない。それでいいなら手を組もう」
「なるほど。保高さんも往生際が悪いですね。でも、まぁ分かりました。保高さんは私の指示に従っていればいい。言い換えれば私は悪人の犯罪者。そして保高さんは私の人質という立ち位置でどうでしょう?」
「人質?」
「はい。人質であれば万が一に警察や組織に捕まったとしても私のせいにすれば罪は軽くなる。速水百仁華に脅されていたとでも言って下さい。それでどうでしょう?」
「まぁ、そういうことなら問題ないか」
「決まりですね。ではこれからよろしくお願いしますね。保高さん」
速水は笑顔で握手を求める。
僕は戸惑いながらその手を握ってしまった。
「はい。これで私と保高さんは晴れてパートナーになりました。これから宜しくお願いします。相棒」
あれ? 僕、まんまと速水の話に乗せられていないか?
そう思ったが、今更引き返せないところまで来ている。
僕のこれからの生活は速水百仁華に握られてしまっていることになっていた。
「それで? これからどうするんだ?」
僕は諦めたように聞いた。今は速水を信じてこの先を進むしかない。
「そうね。まずは現金の回収に行きましょう。絶対に安全な場所に隠しているとは言え、手元にないと心ともないですし」
確かに逃亡生活をするには金がないことには始まらない。まずは懐を安定されることに尽きる。
「それでその金は一体、どこに隠したんだ。結構、高速走って来たけど引き返すなら今のうちだぞ」
「その心配はご無用。高速に乗ったのは追手から距離を離す目的の他に最初から現金を回収する目的があったんだから」
「場所は?」
「名古屋」
「なんで名古屋にあるんだよ。絶対に見つからない場所って本当に言い切れるのか? 見張りがいないなら誰かに取られたり、リスクあるだろ」
「大丈夫。絶対に見つからないところに隠してあるからその心配はご無用です」
その自信ある発言に速水は余程、見つからない場所に隠したのだろう。
僕には想像つかないが、今は速水の発言を信じるしかない。
何はともあれ、僕も協力するのであれば現金を拝見しないと不安で仕方がない。なんといっても今は無一文なのだから。
「まぁ、ここが東京だから車で行くとなると八時間くらいか。運転がキツイ」
ペーパードライバーが何時間も運転するのはかなりリスクある話だ。
しかし、今はそう言っていられない。気合いで乗り切るしかない。
「何を言っているんですか? 誰も車で行くとは言っていないよ。この車は乗り捨てましょう」
「乗り捨てるってなんで」
「馬鹿ね。元々、この車は盗難車。乗り続けてもし職質にでもあったら一発アウト。リスクが高い」
「た、確かに。じゃ、どうやって名古屋まで行くんだ。電車? 徒歩?」
電車で行くにしても交通費すらまともに持ち合わせていない。
徒歩なんてもっと無理だ。何日掛かるか分かったものじゃない。
速水もお金は持っていなさそうだし、どうやって名古屋まで行くと言うのだろうか。
多少リスクは伴うが、このまま車に乗り続ける方が賢明だと思えてしまう。
「安心しなさい。既に計画済みよ」
その自信満々な態度はどこから来るのだろうか。
僕としては速水のその自信が悪い予感しかしなかった。
結局、盗んだ車は高速道路のパーキングエリアに置き去りにすることになった。
車なしでどうやってここから移動すればいいのだろうか。
取り残されたようで絶望に感じていた。
だが、速水は全くそんなことはなく自信に溢れていた。
何故、そんな余裕で居られるのか不思議でならない。
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